記憶が誤っていなければ、この一揆における行軍の途上で『新王の軍勢』と『一揆勢以外の別勢力』が矛を交えている光景を目にするのは、初めてのことではなかったろうか？

　とはいえ、事前にそのような勢力が現れるという情報は掴んでおり、戦術を整えるべくあえて一行の人数をさらに半分に分けるといった対策も採っている。
　また、お世辞にも「軍勢同士の激突」などという派手なものではない、単に有翼の亜人と修道尼僧が戦闘を行なっている程度ではあったが——
　『勢力同士の衝突』という実感が、今までの道行きにはいささか不足していたこともあり。
　何よりも、兵舎で撃退したラケルト以来、しばらく新王の勢力と接触する機会がなく、ゆきずりの戦闘を日々繰り返すのに飽いていたことも、要因のひとつではあろう。


　ともあれ——“人形使い”は、そのヴェールの下の表情を、すっかりとやる気に漲らせているのだった。


　「えぇ、えぇ。よろしいですわよ、よろしいですわよ……
　　“退屈凌ぎ”どころか、退屈を感じる暇もない程に踊らせてさし上げますわッ！」」


　そうして、戦闘準備を整える寸前。
　傍らの同行者——董琉に、ふわりとした口調で深刻さの欠片もなく、こう言ってのけるのだった。


　「今日のわたくしは、少々“お熱い感じ”ですの——
　　火傷しないよう、うまく間合いをとっていてくださいませねぇ。うふふ」


　先に戦いを始めている、アンジェとペスニャは気付いたろうか？
　二人の死角になる空間のところどころ、まるで空気そのものが、次々にじんわりと熱を帯びてきているかのような、僅かな変化を。
　その熱もつ空間が、“人形使い”の広げた両手に呼応して、さらに広がり始めたことを……

（幾つもの『人形』をその場に並べて、己は一歩後ろに退き。
　軽くその両手を左右に打ち振ると——目に見えぬほど細微な無数の『糸』が、周囲の空間に溶け隠れた）