「……つかぬことを聞くけど。
　　あなた……どう思ってるの。あ……“あいつ”の、ことを」

　「………」

　　しゅわわー。

　「……いえ、そうじゃなくて。
　　私たちエンブリオは、ネクターによる『契約』を介した以上は、その本質に従うのが当然。
　　だけど、それとは別に——“感情”もある。納得できるか、信頼できるか、というのは大事なこと」

　「………」

　　しゅわわわ。

　「……そう。気楽でいいね……うらやましい。
　　私は、とてもそんな風には安らげない。“あいつ”の、《眼》を——見てしまったから」

　「………」

　　しゅわ。しゅわわわ。しゅわわ。

　「……いいえ。お奨めはしない。
　　ただ、あなたがそうしたいなら、それを止めもしない。好きにするといいと思う」

　「………」

　　ぷしゅわぁぁぁぁぁ。

　「……無理！　それは絶対無理。ちょう無理。
　　思い出しただけで身体中が震えて止まらなくなる……もう、あんな目には遭いたく、ない……ぐす」

　「………！」

　　しゅわぁぁ。

　「……ごめん、あなたは悪くないのに。愚痴ってしまって。
　　あなたみたいに打たれ強かったら、私もこんな風に怖がりながら付いていくこともないんだろうけど」

　「………」

　　しゅわわわわ。

　「……そう、私もそれが一番ふしぎ。
　　あの人たちも、気付いてないはずはないのに……よっぽどのん気なのか、それとも気付かないフリをしてるのか」

　「………」

　　しゅわぁー。

　「……できれば、そう願いたいけど。
　　“あいつ”も、何をどこまでたくらんでるのかわからないし。
　　たまに、本当に『人助け』をがんばってるんじゃないかって錯覚することもある」

　「………」

　　しゅわしゅわしゅわ。

　「……うん。ありがとう。私ももう少しがんばってみる。
　　それと——ちょっとこぼれてるよ。中身。泡が」

　「………！？」

　　ぷしゅわぁぁぁぁぁ——


　　　　　　　　　　　　　　　——きゅっ。


　　*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*


　「あらエーメ。
　　さっき、誰かとお話してたみたいでしたわね。お邪魔になってしまったかしら？　うふふ」

　「……いいえ、問題ない。ただの世間話みたいなもの」

　「あら、あら。
　　わたくしも、『あの子』とお話をしてみたくはあるのですけれど……
　　細かいニュアンスまでは、さすがに掴み切れませんのよねぇ」

　「……あなたの仲間、風の精霊を連れてるひと。
　　あの人と精霊の子とのやりとりみたいに、文字を書いてもらうとか、方法はあると思うけど」

　「検討してみますわ、うふふ。
　　事によっては、いろいろと頼まなければいけなくなるかもしれないですものね……」


　エーメの顔色が、僅かに変わる。
　務めて平静を装ってはいるが、明らかにそれは、先日の“恐怖”を引きずったものであり。


　「一揆から離れて動くわけにも、参りませんし——
　　何か良い手を、考えなくてはいけませんわね。ああ、忙しいですわ、忙しいですわぁ。くふふふ……」


　軽口——というには、不気味かつ不穏に過ぎる台詞を口にして、剣呑に微笑む“人形使い”を見ながら。
　エーメは、『契約』に縛られるエンブリオとしての自身の性を、今ばかりは呪わずにいられないのだった。