(※やはり番外編です。
　 もう本編書かなくていいんじゃないかなと思う、
　 今日この頃。
　 前回までの話の後日譚の一つみたいなものです。)

パラパラとページを捲る音だけが部屋に響く。
部屋の中には大量の本棚と、
敷き詰められるように収められた本の数々。
そこに備え付けられた大きなテーブルと、
椅子の数々の一つに座り、
私はページを捲り続ける。
誰もいない空間に私は一人ここにいる。
誰に邪魔される事も無く、
誰が来る事も無く。
未だ日は落ちきってはおらず、
夕刻というには早い時間。
外の喧騒も読書に集中していては聞こえない。
落ち着いてゆったりとした時間。
貴重な時間を何するわけでもなく、
ただ本を読むことに費やすこの瞬間がたまらなく私には心地がいい。
本の内容が面白いという事もあるが、
これほどまでに落ち着いた時間は、
悠久の時を過ごし、
比較的落ち着いた時間を取れるようになった今でも、
貴重だから。
だからこそ、
とても心地が良い。
ずっと続く訳ではない、
でも続いて欲しいと願わずにはいられないほどには。
しかし、
時が流れ行く限り、
ずっとそうしてはいられない。
日は落ちて夕方が訪れ、
夜へと近づいた時、
部屋の扉が開かれ、
「下校の時間ですよ。
　後の戸締りとかは先生がやっておきますから、
　早く帰りなさい。」
教師がやってくる。
図書委員の責任者の為、
こうして学校が終わる時間になると、
図書室を閉めて、
委員が帰るのを促すのが仕事である。
私は本を閉じると、
「——それでは、帰らせて頂きますね。
　今日は誰も来ませんでした。
　今読んでる本を借りていく手続きをするまで待って下さい。」
「それくらいなら構いませんよ。」
いつもの事なので、
いつも通り、本を借りる手続きを済ませ、
鞄を手に図書室を去る。
そのまま素直に私は家路へと——
帰るはずも無く、
友人の居る桜の下へとやってきて、
桜を背に座り込んで本を読み始めた。
とはいっても、
灯りがなくては本が読めない。
なので、鞄の中から携帯用の電灯を取り出し、
周囲を照らす。
そんな私の様子を見て、
「——また、ですか。」
呆れたような声が私へと投げかけられる。
「またよ。
　——読み終えるまで帰りたくない気分なのよ。」
「もう下校時間ですよ、
　別に私は構いませんけど……
　魅月さん、
　図書委員になってから、
　委員の仕事ある日は毎日ここに来ますけど、
　咲良さんも睦美さんも、
　一緒に帰れなくて寂しがってたみたいですけど……」
「それでも一緒に帰ろうとするなら、　
　あの二人ならここに辿り着くわ。
　まぁ、私に合わせることはない、
　自分の好きなようにして欲しいって気持ちも、
　あの二人なら分かってるからまたずにかえって、
　自分のやりたい事をやるはずよ。
　まぁ、それに委員のない日は一緒に帰ったり、
　昼休みとかもここに一緒にきたりしてるから、
　それで寂しいとかいってもたかが知れてるわよ。」
「まぁ、それはそうですが——
　それでもやっぱり気にはなりますよ。
　……話は変わるのですが……　
　私……
　正体まだいってないんですけど、
　あの二人にいった方がいいと思います？」
これ以上、
この件に関して私にいっても無駄と思ったのだろう、
話を切り替えて別の話を真白さんは持ち出したのだが、
その言葉に私は思わず本をぱたんと閉じて、
真白さんを見つめた。
「……」
「え、驚いたような顔をしてどうしました？
　な、何か変な事を私いいましたでしょうか。
　えっと、
　その……」
本当に何もいってなかった事に驚いた。
いくらなんでも、そろそろ言っているとばかり思っていた。
誤算というか、
なんというか——
酷く残念な子である。
可愛い意味で。
「……残念だったわね。」
「えっ！
　な、何がですか！
　何が残念なんですか！」
「もう気づかれてるのだけど。
　言うまでもなく。
　このまま言わないならいう機会なくして、
　というか、
　既にばらしても知ってたとか言われる事うけ合いだから、
　さっさと言ってしまいなさい。
　ますます機会を逃して酷くなるわよ。」
「そんな……はずでは……
　何故……」
「だって、昼休みにも貴女混ざってるもの。」
「あ。」
しまった、そういえばと愕然とした表情で、
驚く彼女。
やはり気づいてなかったとは……
恐ろしいというかなんというか……
憎らしいぐらい可愛らしいというのは、
きっと、こういうことをいうに違いない。
「で、どうするの？
　このまま話さずうやむやにする？
　保留？
　それとも近いうちに話す？」
「……明日話すことにします……
　うう、こんな平凡なミスをするなんて……
　でも、最初からこの学校の生徒っていったら……！」
「ここから離れられない以上やっぱり失敗するんじゃない？
　それに貴女の名前の生徒なんて探してもいないし、
　いずれにせよアウトよ。」
「ですよね。。。
　はぁ……
　ここまで私が生きている人間ではないのが
　悔しいのは初めてです……」
「こればっかりはしょうがないわよ。
　転校生ってするには遅いし、
　それをするのも貴女はきついかもしれないしね。
　ま、あの二人なら大丈夫でしょう。
　ぶっちゃけ気にしない側の人間よ。
　気にする側の人間なら、
　死んでも隠せっていうけどね。
　ええ。
　残念ながらそんな人間じゃないわね。
　それでいて、
　本当のことはできれば話して欲しいってタイプよ。
　あの二人は。
　流石に私の事はまだまだ話すつもりはないけどね。
　というか、
　問い詰められない限り話す必要性がないわねぇ。
　——普通であればそのまま離れて行くだけだもの。
　私は新たな高校に、って。」
クスリと慰めをいれながら話すと、
私の言葉に気づいたのだろう。
私がどう考えて行動し、
どこに行き着くのか。
そして——学校を卒業してしまえば別れてしまう事を。
「……私、嫌な女です……」
「ずっと皆がこの学校にいればいいのにって？
　まぁ、死んだとしても縛られるとは限らない。
　死んで縛れば今の関係を続けるわけにも行かない。
　ならば、いつか別れはくるわ。
　——親しいからこそ、
　親しくなったからこそ、
　別れを想像すると寂しい……
　だけどね。
　人はいつかは死ぬ。
　そうすれば、永劫の別れがやってくる。
　私も貴女もそれだけは良く知っているはずよ。
　なら、
　会いに来てくれる限りは寂しくても寂しくない。
　楽しい思い出を心に記憶しておきなさい。
　それはより寂しい気持ちを沸き起こすかもしれないけど……
　大切な事だと思うから。
　……ま、それに私は死なないから大丈夫よ。
　色々飛んでるから一度別れたらそう頻繁にはこれないけど。
　そうね。
　別れる時に枝の一つでも配れば、
　大切にしてくれている限り、
　一緒にいる感じは少しはするんじゃない？」
伏し目がちになった彼女に、
そんな事はない、
大丈夫だというように諭す。
彼女は様々な人と接してきたが、
これほどまでに親しい人と接する機会はなかったとはいわないが、
少なかったのだろう。
だからこそ心が揺れる。
ならば、
なれている私の方がケアしてあげるのがいいだろう。
どれほどまでかは分からない。
けれど、効果は多少はあるはずだろうから。
まぁ、私が撒いた種でもあるから、
当然といえば当然なのだけど。
だが、当然というか、
そんな私の言葉にも完全に信じる事は出来ないようだ。
本当にそれでいいのか？
そんな想いが駆け巡っているだろうから、
仕方ない事ではある。
「でも、私……別れたくない……
　まだ先のことだって、
　時間があるって分かってても——」
「ゆっくり考えなさい。
　まぁ、早まった事だけはしない事。
　それだけは約束してね。
　——私もまた貴女と別れたくない気持ちは同じだもの。
　最悪の方法を選べば、
　私が貴女に別れを告げる展開だってあるのよ？」
「——世界とは本当にままならないものですね。
　あちらを立てればこちらが立たず、
　こちらを立てればあちらが立たず……
　全て解決する良い方法というものがあればいいのに、
　それは無い……
　どうしてこんなにも世界は残酷なのか——」
「ま、世の中もっと残酷な事もあるわ。
　そして暖かい事も沢山ね。
　貴女はまだ知らない事が多いのよ。
　この狭い世界でしか生きられないのだから仕方ないけれど。
　それでも、
　決してわかたれる事のない私という存在がいる。
　それだけでも貴女は幸せよ。
　何度でも言うわ。
　——私なんて貴女にも、
　貴女も私を置いて逝くのねっていわないといけないもの。
　何があっても、
　どんな事があっても、
　貴女の方が先に逝けるわ。
　皆の待っている場所へ、ね。
　安心なさい。
　どんなに離れようと、貴女は一人じゃない。
　そう、一人じゃないのよ。」
「むぅ……
　それをいわれると……弱いですね。
　はぁ……
　自分でなんとか消化できるようがんばってはみますけど、
　それでも寂しくなったら甘えさせてくださいますか？」
「私でよければいくらでもどうぞ？
　甘えられて悪い気はしないわね。
　少なくとも真白さんにはね。
　——」
そっと真白さんの頭をなでる。
霊体とはいえ、
触れてなでるくらいは容易い。
全くもって、
私より長く生き、
それなりの力を持っているというのに、
こんなにも儚く弱い辺りが彼女らしい。
「……撫でられると落ち着きますね。
　何故でしょうか。」
「安心できるからじゃないかしら？
　少なくとも私に心を許し、
　こうして触れる事で私を感じられる。
　しかも、
　その触れている手は優しく包み込むように、
　大切な部分を触れているとしたらなおさらね。
　護られている感じもあるんじゃないかしら。
　まぁ、これは私の意見で、
　実際何故なのかは分からないけど。」
「……いえ、なんとなくそういわれると分かる気がします。
　……本当なら私ば魅月さんを護ってあげないと、
　護りたいって思うのに、
　なんだか護られてばっかりですね。」
「適材適所よ。
　その時がくれば逆になる事だってある。
　——そんな事より話を戻すけど……
　きちんと貴女のの事を明日いえるように、
　心積もりと算段をつけなさいな。
　またいざというときにしり込みするわよ。
　私の事なんて別に——」
「どうでもよくなんてないですよ？」
どうでもいいといおうとした私の言葉をさえぎって、
真白さんはじっと私の瞳を覗き込みながらそういった。
全く、
私になんて気にせずに自分に集中すればいいのに——
「あら、そうかしら？」
だから、
私はそんなことはないわ、
とばかりに見つめ返す。
その様子にも怯まず——
「私は魅月さんのことがもっとよく知りたいです。
　少しずつでも……
　全部じゃなくてもいいんです、
　魅月さんのことを教えてほしい。
　今までどんなことがあって、
　どんな風に生き抜いてきたのか。
　人よりも長い時をいきる私なら、
　それだけ魅月さんの事を一緒に覚えててあげられます。
　それくらいなら私にだって出来ます。
　傲慢といわれるかもしれないですが、
　それでも——
　少しでも魅月さんの重荷を背負ってあげられたら……
　そう思わずにはいられませんから。
　だって、私より年下の人が、
　私よりも重い荷を抱えてるなら、
　そして、
　それが友人であるならば見てみぬ振りは出来ません。
　強制はしません、
　だからお願いします。
　私でよかったら……貴女の事を——」
真摯な願い、
真摯な想い。
それが伝わらぬわけではない。
私がどれほどのものなのかをはかるのではなく、
私の言ってきたこと、
私の積み重ねが事実であるとして、
その上での申し入れ。
私はやれやれとため息をつく。
ここまでいわれて誤魔化したり、
逃げたら沽券にかかわるというもの。
「分かったわ。
　まぁ、長い話だから一気に話すわけにはいかないし、
　数も多いから全部は駄目よ。
　少しだけね。
　……
　何から話したものかしらね。
　本来なら始まりから話すべきなのでしょうけど、
　セオリー通りもつまらない。
　そうね。
　それじゃあ——」
最初の話を喋るには私の心の覚悟が足りなさ過ぎる。
さしあたって差しさわりの無い事から。
それでも十分に彼女は満足するだろう。
否、
させてみせるだけの話ではあると思う。
それに、すぐにどうこうという話ではなく、
ゆっくりと話していくものだと思う。
何より、
明日、覚悟を決めて話す人間に、
あまり重い話を聞かせて揺らがせるのは本意ではない。
時間はたっぷりある。
焦ることはない。
——だけどいつの日か、
彼女に全てを話せる時がくればいいなと私は願った。
その日はきっと訪れると確信をいだきながら。