電話を切って皆の元へと戻ると、
アルネスさんとペルチェさんの姿は無かった。
——残されたエモさんにスルメイカを渡して話を聞くと、
「んとね。
　みつきがでんわにいって、
　とくにやることもないし、
　あるねすはいまのうちにたべものとりに。
　ぺるちぇはあそんでくるって。
　わたしはぼんやりしてた。」
との事らしい。
残念ながら、ペルチェさんを抱きしめて、
もふもふするのはお預けらしい。
——抱き心地よさそうなのよね。
まぁ、別に今すぐでなくても、
機会なんて一杯あるのだし、
無茶な抱き方しない限りは許してくれると思うから、
後にして——
エモさんをじっと見る。
スルメイカを一心不乱にかじっている彼女と始めてあったのは、
とある島での出来事。
更にいえば、その島で生れ落ちたらしい。
——ならば、
ならばこそ、
私はエモさんにこの話をしないといけないだろう。
「ねぇ。エモさん。」
「？」
「——生まれ故郷には戻りたいって思う事はあるかしら？」
「……」
「……」
そんな私の言葉に沈黙するエモさん。
そんな彼女を黙って私は見詰める。
「……うーん。
　もちろんあるけど……
　もどれないところにしゅうちゃくしていてもしかたないし、
　おいしいものさがしにしゅうちゅうすることにしてる。
　おいしいものたべてるあいだはしあわせ。
　それでいい。」
「カリム肉に勝るものはあったかしら？」
「おいしいものはいろいろあるけど、
　あれがいちばん。
　またたべたいけど、むずかしい。
　……みつきはかりむにくもってる？」
「残念ね。
　——もってないわ。」
「……そっか。
　ざんねん。
　——じゃあ……」
「でも——」
「——ん？」
もっと美味しいものでもあったのか？
とでも聞くかのように私を見上げて見詰めてくるエモさん。
話すべきか話さざるべきか。
ほんの少し躊躇いがないといえば嘘になる。
それは一縷の希望であり、
可能性でしかないが故に、
残酷な事。
でも、それでも——
そうだったとしても自分ならば、
可能性があるなら縋りつきたい。
——自分の心に整理をつけた者同士であるが故に、
それがどんなに彼女を傷つける事になるとしても、
私は——話さなければならない。
「——故郷に戻れば願いは叶うのではないかしら。
　……戻る方法はない、
　けれど、あの島はまだ存在して、
　繋がっているのだから。」
「えっ？
　でも……」
「確かに封印されたわね。
　もう失われて戻る方法はないはず。
　——私達はその場に居合わせたわ。
　だから方法はないのかもしれない。
　けど……ね。
　……電話については知ってるわよね？」
「……うん。
　いぜんみつきにきいたことあるし。
　もってるひととかしりあいにいるし。
　とおくのひととかいわするためのどうぐ……
　さっきみつきがつかってたのだよね？」
「そうよ。
　——電話してきたのは島と一緒に封印された人。」
「——！
　それって……！」
「ええ、
　——つまりはあそこに戻れる可能性はある。
　少なくとも、どこかでまだ繋がっているという事よ。
　最も、繋がった先の島が今どんな状況で、
　はたして住める世界なのかまでは分からないけれど。
　ま、エモさんなら食糧さえあればやっていけるでしょ？」
何か輝かせるような顔をしながらこちらをみるエモさんに、
淡々と言葉を紡ぐ。
しかし、表情を見る限り、
決して故郷に戻れる可能性というよりも、
彼女が喜んでいるのは寧ろ——
「……カリム肉の事しか頭にないでしょ？」
食べ物について。
間違いないと思った私は率直に聞く。
嘘をつく子ではなく、
遠回しにいって分かる子ではない。
だからこそ、真っ直ぐストレートに聞く。
そんな私の質問に対し、
エモさんは満面の笑顔を浮かべ。
「うん！
　かりむにくさがしはわたしのらいふわーく。
　というか、まえたべたときはまなよい。
　つぎこそあじわってたべてみせる。」
「……故郷とかよりも、
　食べ物って辺りがエモさんらしいわね。」
「たべることはしあわせ。
　たべることはいきがい。
　それに、
　どうせよばれないといけないしかんけいない。
　というか、かりむにくかくほできればそれいじょうはべつに。
　……みつきのせかいのたべものもたべてみたいから、
　よんでくれないかな？」
「あら？
　そんなに呼んでほしいの？
　呼んだら何をしてくれるのかしら？」
「んーとね。
　……」
食べる事にあまりに熱心で、貪欲で、
それだけを追い求めるエモさんの姿はとても、
可愛い。
——ここまで一つの事だけを考えれるのは、
余り居ない。
それが本能に基づく行為であったとしても。
だからこそ、
私はそんな彼女が妬ましくも愛おしい。
私は一つの事を考えようとしても、
一つの事だけを追い求めるなんて事は出来ないから。
——己の死を追いかけ続けて居た時ですら、
今思えばエモさんほど純粋に一つの事を追い求める事はしていなかった。
考えるエモさんの頭に手を置いて頭を撫でる。
「……？」
そんな私の行動にどうかしたのかと問いかけるように、
エモさんは私を見上げ首を傾げた。
何故、私がエモさんの頭を撫でたのか。
それは唐突で、撫でた私にしか意味は分からない。
だから、私はただにっこり笑って——
「——特に意味はないわよ。
　まぁ、お金の件があるから食べ放題とまではいかないけれど、
　色んな物を食べさせてあげるわ。
　——足りなかったら私の集めた霊でも食べればいいでしょ？
　御代は、そうねぇ——
　友達だからいらないわ。
　——私と貴方はお友達、でしょ？
　だから、いつでも呼んであげるわ。
　連絡取る方法がないかもしれないけど、ね。」
そんなに考える必要なんて無い。
——何時でも呼んであげる。
何も心配も遠慮も対価もいらないのだと優しく告げる。
「おともだち？」
最も、エモさんの方は友達という事すら分かってないのだが。
……そういう概念がないのなら仕方ない話ではあるけども。
「そうよ。
　私とエモさんは仲間だけど、
　どこか別の場所であっても敵にならない限りは、
　親しくしてくれるでしょう？」
「うん！
　だってみつきいっぱいたべものくれるもん。
　それでれんらくはどうしよう。
　わたしはいつでもおっけー。
　たべものさえくれるならおーるおっけー。
　むしろどんとこい。」
「そ、じゃあ、近いうちに呼ぶわ。
　……問題は帰り道ね。」
楽しみが１つ増えたとでもいうようにはしゃぐエモさんを見ながら、
笑って頬をつつく。
ぷにっとした触感が指に伝わる。
見た目も触感も人、
それも日本人と大差のないエモさんならば、
私が気を付けていれば、
普通に生活し続ける事は可能だろう。
だが、
それが長い間となると話は変わる。
個人的に彼女を確保し続けてもいいのだけれど、
残念ながら、長く過ごすには私の世界は息苦しすぎるだろう。
そして、
私の世界は他の世界との繋がりが薄い為、
現実味を帯びている。
——最も、私の世界に来る方が難しくはあるのだが。
「それならだいじょうぶ。」
だが、そんな私の杞憂とは裏腹にエモさんはにぱっと笑って、
「たべものがあればおーるおっけー。
　どんなせかいでもいきてける。
　いろんなものがたべれればなおよし。
　それにどうせてきとーなじかんになるとよばれる。
　またあいたいときはまたよべばいい。
　もんだいなっしん。
　むしろしんぱいなのはたべものがくちにあうか。」
「——なんどか渡したお菓子とか食べ物は、
　大体私の世界に普通においてあるものだけど。」
「ならばよし。
　こころおきなくみつきのせかいにいける。
　ぐるめつあーはどこまでもつづく。
　わたしがまんぞくするまで。」
えっへん、と胸を張るエモさんに、
私は無言で微笑を浮かべながら頭をなでた。
全くもってエモさんは可愛い。
——幼子のように無垢な心をもっている。
そういっても差支えない。
——これで可愛くないといったら嘘になる。
全くもって私は、
もったいないくらいの友人を作ってしまったらしい。

——そうやって、エモさんとの二人の時間を過ごしていると、
ペルチェさんと食糧を手に入れたアルネスさんが戻って来た。
ついでなので当番を決めたのだが、
私が料理でそれ以外がアルネスさんという事で落ち着いた。
——文句をいっていたけれど、
一番力と体力があるのはアルネスさんなので仕方ないという事を、
小一時間ほど理詰めで押したら折れた。
まぁ、手伝いに関してはエモさんとペルチェさんにもお願いしたので、
そうそう負担となる事はないと思う。
最もそれはアルネスさんには告げていないが。
ちなみに私に関しても、
アルネスさんに食材調達を任せきりだと、
足りない食材等も出るので暇な時にでもやるつもりである。
……初めから優しくしてあげたいのはやまやまではある。
けれども、こうしてがっくりしているアルネスさんの顔をみるのは、
中々に嗜虐心をくすぐるので仕方がないと思う。
……
アルネスさんが悪い。
それでいいと思う。
きっと。
とりあえず、後で可愛がってあげようと思う。
——どんな顔をするのか楽しみね。
……無論、
気分を害したりしないようには気を付けるつもりだけど。

——夜が訪れ、
夕食を終わらせ、
いざ寝る時になって私は兼ねてからの計画を実行する事にした。
何をするのかというとそれはもちろん、
ただ寝るのだけではつまらない。
——以前までは夜が来るたびに仲間を遠ざけていたが、
今回は気にせずみんなと夜を迎える事ができる。
とはいっても、
毎日夜を一緒に過ごすという訳にはいかないが……
それでも喜ばしい。
——特に今回は更にやりたい事があったのだから。
そっと傍にあるものへと手を伸ばし引き寄せる。
もふっとした感覚。
「……！？」
何か微妙に逃れるように動いたのを無視し、
そのまま優しく抱きしめる。
抱き心地がとてもいい。
柔らかさといい毛並といい、
至福の心地よさである。
「捕まっちゃったウサ……」
——私に捕まったペルチェさんは、
どこか困った風にそう呟くので、
「悪いけど抱き枕にさせてくれないかしら？
　……ほどほどの強さまでにとどめておくから。
　良いでしょ？」
「……強くしないように頼むウサ？
　あと、今度からはちゃんと言ってほしいウサ。
　突然だとびっくりするウサ。」
「ごめんなさいね。
　次からは気を付けるわ。」
お願いしてみた所、
別段嫌では無いらしいので、
ペルチェさんをお願いを聞き流しながら返事をする。
聞き届けてもいいが、
突然の衝動を止める事など私はしたくない。
だから……
という訳ではないが、
子供をあやすように優しくペルチェさんを撫でる。
感覚があるのか、
何か別の物を感じ取っているのかは分からないが、
私が撫でると嬉しそうにすりよってくる。
「——」
その様子をみるとぬいぐるみであるという事を忘れそうになる。
無論、ペルチェさんはぬいぐるみではあるものの、
感情を持ち、嫌がったりもする。
それはもはや生き物と大差がないといってもいい。
「……ほつれたり汚れたり破れたりしたらいうのよ。
　——暇があったら私がやってあげるわ。
　流石にアルネスさんみたいに色々な物を作れるほどではないけど、
　裁縫くらいは出来るのだから。」
「！
　ありがとウサ。
　もしもの時はお願いするウサ〜。
　……悪戯しないで欲しいウサ？」
「あら、
　可愛いペルチェさんに悪戯なんて少ししかしないわよ。」
「しちゃ駄目ウサ〜！」
「まぁ、悪戯しても害のないものよ。
　安心なさい。」
「うぅ〜、信じてるウサよ？」
それにとても純粋なのか、
その感情はコロコロと変わってとても楽しい。
——エモさん、ペルチェさん、アルネスさん。
三人揃って感情が真っ直ぐな辺り似通っている。
なんだか私が仲間はずれなようで、
寂しい気持ちに襲われそうになるが、
もとより一人であった私には関係ない。
「——」
いつくしむようにペルチェさんを撫でる。
そんな彼女達と私はこれからも仲良くしていかねばならない。
出来うるならば最後まで、
そしてこれからも仲良く出来たらと思う。
「全く……」
「？」
全くもって世界というのは面白い。
つい口に出た言葉に首を傾げながら見上げるペルチェさんの頭を撫でて、
なんでもないのよ、と首を振る。
三人は私よりも強いのかもしれない。
身も心も。
だから、だからこそ——
せめて、
彼女達の笑顔が曇らぬようにしていこうと思う。
最も、だからといって……
私が悪戯や意地悪をするのをやめる訳ではないが。
そう考えた瞬間、
ペルチェさんの柔らかさと相まって、
私の心が安らぎを得たように微睡に沈んでいく。
さぁ、明日も頑張りましょうか。
私達の為に……
——おやすみなさい。

最初、2人は相手の雰囲気に思うことがあるような素振りを見せていたが…。
とある言葉を発された途端、示し合わせるでもなく互いの顔を見合わせた。

全身白ずくめの小柄な少年が不安そうな表情を浮かべるとほぼ同時に、
黒の礼服を纏った青年が仏頂面で拳銃を相手に向かって構えた。

青年が拳銃を構えたまま問う。
まるで、目の前の事象とは別の『何か』を警戒しているかのようだ。

…………僅かな沈黙が流れる。
それに業を煮やしたかは定かではないが、少年の方が恐る恐る口を開いた。

少年はペコリと一礼するが、完全に警戒を解いたわけではなさそうだ。
…色付いた球体達が、少年の周囲を舞うようにして浮遊している。
———自己紹介だのなんだのは、まずはこの2人の警戒を解かなければ難しいだろう。

無言で大剣を取り出した。