目を覚ますそのとき、フォルカーが傍らにいないのはいつものことだ。
　辺りを見回せば、彼が朝食を作っている姿はすぐに見つかる。
　そのままお父さん、と呼び掛けようとして、クローシェは包まっている毛布の中に違和感を感じた。端的に言えば温かい。正確に言えば、生き物のものと思しき温度の源がある。
　勇気を持って毛布の中を覗いてみると、実際、中には爛々と光るふたつのまなこがあった。
「お、お父さん！」
「みゃあ！」
　クローシェは大慌てで毛布の中を転がり出る。
　残された毛布は内側からぼこぼこと盛り上がって、明らかに中に何かがいることを示していた。
　フォルカーの隣に座っていたクーが驚いたように眼を瞬かせ、フォルカーが慌てたように立ち上がる。
「毛布に何かいたよ！」
　広げてくれた腕の中へと飛び込むと、フォルカーはひとつ頭を撫でてくれた。
　そうして振り返った毛布の中には、相変わらず何かがいるようだった。
　フォルカーもそれを目に留めて、困ったようにもう一度クローシェの頭を撫でてくれる。
「そうか、クローシェには言ってなかったよな」
「？」
「昨日な、うちにまたエンブリオが増えたんだよ」
「エンブリオ」
　鸚鵡返しに繰り返すと、養父はこっくりうなずいた。それからクローシェを抱え上げ、毛布の側まで歩いて行って、まだ中で何かが蠢いている毛布を引き剥がす。
　途端に中から転がり出てきたのは、灰色の塊のように見えた。
　正確にその姿を捉えることができなかったのは、灰色の塊が飛び出すや否や、フォルカーの股下を潜って後方へ逃げてしまったせいである。
　恐る恐るフォルカーの肩越しに後ろを覗いてみると、そこには小さなしましまの生き物がいて、フォルカーのズボンに縋って後ろ足で立ってクローシェを見ていた。
「にゃん！」
　しましまの生き物は小さく鳴いて、縋ったズボンをかりこり引っ掻く。
　フォルカーは苦笑してから、クローシェを抱えたままその場に座り込んだ。
「可愛いだろ」
「うん」
「仲良くできるか？」
「うん！」
　父親の腕の中から手を伸ばすと、しましまの生き物はすぐに指先を舐めてくれた。
　見た目は子猫——というにはだいぶ大きなエンブリオだ。足は太く、毛並みは白と黒の密な縞模様。撫でてやるとうにゃうにゃ鳴いて、すぐに腹部を見せてくる。
　そうなってしまうともうクローシェの手では届かないから、すぐに残念そうに鳴きながら四足の姿勢へ戻ってしまったが。
「ねこちゃん」
　フォルカーの手から離れて、クローシェはエンブリオの傍らに腰を下ろす。
　見た目は初めの印象通り、猫に似ている。否、先日見たホワイトタイガーと呼ばれるエンブリオの方が近いか。
　再び撫でてやるとごろごろ鳴いて、クローシェの身体を擦りつけてくる。甘えの動作であることは知っていたから、喉も軽く擽ってやった。
「ねこちゃん、お名前は？」
「チビだよ」
　質問に応じたのは、それまで黙っていたクーだった。
「チビちゃん？」
「そう、チビ。ケット・シーがたまだからな」
　ふぅん、と返事を返して、クローシェはチビと呼ばれたエンブリオの身体を抱え上げる。
　食事の用意を再開したフォルカーの傍らまで運んで行くのは重労働だったが、チビは一切の抵抗を見せなかった。
「お父さん、チビちゃんはお母さんはいないの？」
　フォルカーは少しだけ眉根を寄せて、
「らしい」
　と答えた。けれどもチビの方はそんなことはお構いなしの風情で、にゃんにゃん鳴きながらクローシェの周りを回って遊んでいる。
「迷子かな」
　と尋ねても、やっぱりにゃんにゃん鳴きながら嬉しそうにしているだけだ。ひょっとしたら、フォルカーと契約を済ませたつもりであるのかもしれない。
　膝に前足を載せてきたり、顔を舐めてくれたりとサービス精神は旺盛だが、幼いクローシェも心配にならざるを得ないのが現状である。
　どちらかと言えばフォルカーの方が、この小さなエンブリオを《拾った》ことに関して無頓着なようだった。
　丸い平たい食事用のマフィンを焼きながらポーチドエッグを作り、厚切りのハムをソテーする——そういう作業を横目にエンブリオをあやしていると、そのうち、思い出したようにやっと口を開く。
「来るかって聞いたら、来たんだよ。それで連れて来たんだ。言葉は分かってたみたいだし、……なぁ？」
「にゃっ！」
　チビは嬉しそうにフォルカーの方へと駆けて行き、その背中に胴体をぐいぐい押し付ける。よしよしと笑ってフォルカーがそれを見ているものだから、クローシェは慌てて猫の首を掴んだ。
「だめ、お父さんはクローシェの」
「みゃ」
　チビは怒るでもなく一声納得したような声を発すると、再びクローシェの周りで歩き始める。
「チビのお父さんにはならないから、いじめたらダメだぞ」
　フォルカーの声に、クローシェは小さくうなずいた。
　それに合わせたように、フォルカーはマフィンの上にポーチドエッグとハムを乗せ、たっぷりと卵黄とバターのソースを掛けてクローシェに手渡してくれる。
　いただきますをしてから齧り付くと、チビが膝に前足を乗せて、うんと背伸びをして来た。どうやらおねだりらしい、と判じて、クローシェはソースを指で掬って舐めさせてやる。
　どうやら仲良くできそうだと、今更のように思った。

チャチャカは首を傾げ、指を折りながらなにやら数えはじめた

　現地民以外が参加している話は多く聞くが、それぞれ込み入った事情があるのだな、と思う。

　ならば説明もしやすい。そう思った矢先に。

＼二足歩行！／

　あり得ない一言に一同が固まる。