元素の世界、メルンテーゼ。
この世界の住人たちは”ネクター”という赤い花びらの力を借り、
多種多様な能力を持つ "エンブリオ" たちと契約することで豊かな世界を築いてきた。

これまで世界を守ってきた唯一の "王" が半世紀ぶりにその座を降りたが、
新たな王は、この世界からネクターを根こそぎ奪い取り、独占を始める。
エンブリオを生活の軸としている住人達はその行為に対して反発。

——他の世界からの精鋭をも要請し、大規模な一揆を開始した。


そう。
現在メルンテーゼに多数存在するほかの世界からやってきた人々は、
メルンテーゼの新王に対しての一揆を行うために集結している。

しかし、彼らは共通の目的を持って集まっていながら、
一枚岩のようにまとまっているのではない。
持ち込まれた外来種たちの様々な思惑が蔓のように絡みあい、
土壌の養分を根こそぎ吸い取っていく。

足りない水は他から奪い取ってしまおうと単純に考える者。
陽に当たる場所を確保するために他を隅へと押しやる者。
深呼吸できるように目の前の相手を刈りとる者。

メルンテーゼのあちこちでくすぶる、一揆という大きな流れとは別の闘争の火種。



言われるがままに、作った。

無骨な鉱石を小粋な腕輪に。
地味な木材を派手な指輪に。
獰猛な牙を端整な首輪に。


雑多な材料から新しいものを創りあげる才能を彼女は持っている。
ただ才能があるだけではなく、面白おかしくそれに取り組む。
新しいものを作るたびに、腕はめきめきと上達した。

攻城を進める途中での、ひと時の休憩。
クリスの前の作業台には、降り注ぐ光を七色に分解する鋼材が置かれている。
故郷の世界にこんな鉱石を持ち帰ればそれだけで大金持ちになれそうだが、
このメルンテーゼでは、この程度の不思議さ奇妙さ奇天烈さはありふれたものでしかない。

クリスは後ろを振り返り、4人のエンブリオと目を合わせていく。

クリスの質問に明確なイエスを返したのはミニドラゴンのチャーリーだけだったが、
他の3人の気の乗らない返答も、クリスは同じように判断した。
チャールズがクリスの背中に手を当て、クリスは鋼材に触れる。
真っ赤に燃え上がった手のひらの熱が鋼材をオレンジ色に染め上げ、
周囲に絶えず拡散していた七色の光は灼熱の太陽のそれへと変化する。

草灰をかぶせ、チャーリーの炎の息吹が吹き荒れる。
内部の鋼材が放つ光は次第に純粋な白だけとなった。

ゴレムのピーターが鋼材を宙に浮かせ、ぐしゃぐしゃと粘度のように揉みほぐす。
内部で急激に進化していく鋼材の硬度と粘度。
クリスの背後に待機しているエンブリオは、
チャールズではなくウンディーネのヘレナへと交代していた。

ヘレナの加護で熱を感じなくなった手で鋼材を長く伸ばし、瞬時に完成形へと変化させる。
再度後ろを振り返り、少し遠くで腕組みをしていたエンジェルのジーンに目配せ。

微笑とともにエンジェルのジーンが重い腰を上げた。
最後に彼女がそれに触れると、ここまでの工程により付着していた汚れが取り払われ、
素材の鋼材が持っていた本来の輝きが取り戻される。

貴族が身につける一級の装飾にも劣らない輝きを放つ——
どこまでも鋭利な長刀が完成。
全員で和気あいあいとハイタッチ。ヘレナだけはその輪に加わらなかったが。


追われるがままに、作った。

華麗な宝石を冷淡な銃に。
美味しい果実を禍々しい杖に。
柔軟な草を強固な鎧に。



そして、今。
地に押し倒されているクリスの胸元に、花弁でできた鋭利な魔爪が突きつけられている。
はっきりとした顔立ちに反した柔和な微笑を浮かべる、美しい肩甲骨を持つ長身の女性。
淡い桃色の髪をたなびかせながら、蒼い目が品定めをするようにクリスを見据えている。
泥水が身体の中を満たしていくような急激な恐怖の中でクリスは思い出す。

同じ目だった。
以前……アルヴィンの紹介で彼女と取引した時と同じ目。
「わたしの、父の分だよ」
聞く人にあまやかな夢を抱かせる落ち着いた声。

「また、いつか。出会う時があるのであれば」
同じ声だった。
親愛を求める握手のようにゆったりと、爪先がクリスの中心部を優しく撫でる。

「クリス——あぶない！」
だが、がっちりと命と命を組み合うまでには至らない。
モクが女性を体当たりで吹き飛ばし、その姿は平原の草木の壁を突きぬけ消えた。

直後。周囲の自然が紅く燃え上がる。
サラマンダーとミニドラゴン、2つの炎のエンブリオを操る
アルヴィナ・シームベルツの全力全開。
彼の敵意の先には、少し癖のある黒髪を伸ばした長髪の女・オルガと、
長い白髪を束ねて垂らした長髪の男・ヤールが見事なコントラストを作っていた。
その２人のもとに炎の壁を悠然と超えて現れるのは、先ほどのフィガロ。
３者３様の武器を構え、一定の距離を置きながらアルヴィンへ狙いをつける。

「クリス。一揆小隊どうしで諍いが起きはじめているという話はこの前したな」
体勢を立て直して仲間のもとへと駆け寄ったクリスに、アルヴィンが短く宣告する。


「それを“仕掛けている側”の連中の一部は、これまでの俺たちの取引先だ」

モクラはただ、相手を見つめている……