青年オーガは問うた。

「お前達に信念は無いのか？　…『不出来』なエンブリオだな。」


妖怪ユキアネサは嘲笑した。

「お主らはどうも『弱い』ように見えるのう。…あの1つ目のように契約を切られるのではないか？」


妖精レッドベリルフェアリーは呟いた。

「存在が不安定なように見える。…2人は、本当に1つの『エンブリオ』として成り立っているのか———？」





それらが彼と彼女——『増幅』と『減衰』に降りかかった言葉。
いずれも2人を褒めるようなものではなく、むしろ散々なものだ。
オコジョやブラックアニスは喋る程の意思を持たない契約を課せられていたが、それでも敵意のようなものを感じ取っていた。
…圧倒的に肩身が狭い。この姉弟が感じていたのは、これに尽きる。


オーガ、ユキアネサ、レッドベリルフェアリー。
この三体のエンブリオは、彼女が契約した中でも特に強大な力を有していた。自分の力に絶対の自信を持ち、全力を出して彼女に立ち向かった。
が、それすらを彼女達は力でねじ伏せてきた事実から、メィレー達にはある程度の敬意を払っている。更なる力を求め、自分達をもっと楽しませてくれるであろうと信じているのだ。
その為にももっと『力』を追い求めて欲しい。
だからこそ、この三体のエンブリオにとって『増幅』と『減衰』という存在は疑問の一つでしかなかったのだ。


「……ねぇ」
「なんだい、姉さん」
「私達、やっぱり弱いって…思う？」
「……。　そうだね。僕らがメィレーさんと出会ったときよりも、周りのエンブリオ達は強くなっている。きっと、ノームも同じことを思っているよ」
「…そうよね。」

『減衰』は一つ、溜息をついた。
メィレーと弟——『増幅』となら、どんな相手だろうと勝てると思っていた。
しかし、それはあくまでメィレーの魔法に乗っかった形になっている。彼と彼女はそれを大きくしているだけにすぎない。

「…………」
「…姉さん。気にしなくったって、いいよ、きっと。メィレーさんは、僕らのことを欲しているよ。メィレーさんの魔力を増幅できるのは、僕らだけみたいだし」
「…それは、そうだけど———」

「………ねぇ」
「なんだい、姉さん」
「私達が…もし、2つで1つのエンブリオだとしたら」

——2人は、本当に1つの『エンブリオ』として成り立っているのか？——レッドベリルフェアリーの言葉だ。
それが、彼女の中でずっとひっかかっていた。

「もし、1つのエンブリオが分かれてしまったのが、私達なのだとしたら」

『減衰』は『増幅』の左腕を見遣った。それと同じように、『増幅』も『減衰』の右腕を。
彼と彼女には腕が1つ、かけているのだ。『増幅』は左腕、『減衰』は右腕が無い。肩から先はそれぞれ白と黒の布で隠されているが、金色の付け根の部分から先の腕は無くなっているのだ。
いつからかは解らない。それがそうであることが、彼と彼女の『普通』だったからだ。
五体満足であることが必ずしも普通ではない。欠損していることが彼と彼女にとっては普通の、ニュートラルな状態なのだと信じていた。
それを疑問に思うこともなかった。閉鎖的な村でずっと使われるだけの生活で、オーガやユキアネサ程の力の強いエンブリオとも接触することが無く、彼と彼女自身の存在のあり方についても指摘されることは無かったからだ。

「もし、私達が半分こずつの不出来な存在なのだとしたら…」

全てに説明がつく。
欠損した腕。増幅されすぎた自分の力で自滅する程のか弱い存在。『増幅』という存在への『減衰』という本来ならば要らないはずのリミッターの存在。エンブリオにしては小さすぎるのではないかとも思える大きさ————
——考えれば考える程、自分自身に対する疑問は増えていく。

「……………ねえ」
ぎゅ、と片方しか無い手を握りしめる。
「なんだい、姉さん」

俯いた顔を上げずに、問う。
「私達、どちらかが消えなきゃいけないとしたら」
不意に左手で、右手を取る。
顔を上げた『減衰』の視線が、『増幅』とかち合う。
その表情は、一切の汚れ無く微笑んでいた。

「…その時は、姉さんが生きて。」






（…暑くなってきたわね）
ぱたぱた、コートの端っこをはためかせる。
髪の毛を束ね、ばさばさと上下させて頭皮へと風を送り込む。

（衣替えの時期かしら）

新たに新調した鎌の柄でとんとんと地面を叩きながら、そんなことを考える。
ふと、寄生するように付随するミニドラゴンの『眼』の部分と目が合った。

「…どうしたのよ、そんな顔して。」

少し、悲しそうな眼をしていたからだ。
早期に契約したエンブリオ達には、皆「解約されるのではないか」という悩みが付きまとっていた。
感情が無いように見えたミニドラゴンにとっても、それは重大な問題だった。
契約を解除されたからといって、その場でエンブリオ達の生が終わるわけではない。しかし、ここまで共に来たのだから、最後まで戦いたいのも本心であり、別れるのが辛いのも真実だった。
きらり、琥珀色の宝石が反射する光がメィレーの眼を刺した。
眩しそうに鎌の刃の根本にぶら下がるそれを見やる。

「ノームまで…そんなに心配しなくてもいいのよ。」

そう笑う顔は、どこか申し訳無さそうだった。


現時点で、彼女が契約しているエンブリオは十体。これ以上の契約はどれかを捨てなければ成立しない。
彼女にとってもそれは心苦しいことだった。
何かを得るために、何かを捨てる。取捨選択とは、彼女にとって実は初めてのことだった。
————望めば全てが手に入る————そんな環境に居た彼女が、エンブリオとの別れのことで頭を悩ませるのは必然のことだった。

鎌を支えにするように、柄に額をつけた。
眼を閉じて、静かに呟き出す。

「………ノーム、ミニドラゴン。聞いて欲しい。もしかしたら、私はあなた達の契約を解除するかもしれない」

これからもっと強いエンブリオが出てくるかもしれない。
何かを捨ててそれを得なければいけないとしたら、筆頭に来るのはこの二体だった。


「…それでも私を、許してくれる？」
『…もちろんですよ、主様。彼も、そう言ってますから』

喋ることのできないミニドラゴンの意思を、ノームが伝える。

『誰も貴女様を恨んだりはしません。貴女様がより強くなれるのであれば、私共がその犠牲になることに文句などはありません。あくまで私達は使われる存在——その取捨選択を、貴女様がどうしようと、貴女様が全ての主導権を握るのですから』

ふ、と微笑と共に息を漏らすと、刃の付け根の辺りを見やる。

「ありがとう」

純粋な、感謝。それも彼女にとって、薄かったもの。



「………でも、ミニドラゴン。あなた、オスだったのね」

刃の付け根辺りにある紅い眼が、ふとメィレーから眼を逸らした。