久々の感覚。やはり対峙する相手が人間か獣か、というのは大きな違いだ。たとえそれが人の形をしていたとしても“障害”として設定されたそれは、自分と同じ探索者を相手にするのとは勝手が違う。久し振りに探索者を相手にした戦闘を終えて、アイヴォリーは改めてそのことを噛み締めていた。
　これまでにも、同じ領域を探索する者同士で刃を交えたことはある。今回と同じような闘技大会のルールの中で行われる腕試し。知り合い同士が実力を測るためにお互いの同意の下で戦う腕試し。そして一方的に襲い来る人狩り。その状況は様々だが結果として行き着く行為は同じだ。
　久し振りの対人戦闘で勝利を収めた。これはアイヴォリーにしてみても一定の評価が出来るところだろう。だが、実際にはそれは不意打ちのようなものだった。装備や実力では向こうの方が上回っていた。だが、アイヴォリーたちが相手の行動を予測して対策を立てたのに対し、相手はほぼ力押しだったと言える。闘技大会の一戦目というのは相手はもちろんのこと、自分の味方がどういった行動を取るか、どの程度の実力の持ち主であるのかを測るための様子見になることは多い。とりあえず妥当な戦術を採用してそれがどの程度通用するかを確かめるのだ。結果、搦め手のない素直な戦術、ともすれば力押しになることは少なくないのだ。だが、そこへアイヴォリーたちは相手の戦術に合わせた迎撃を設定した。相手の行動を予測し、それを封じるように行動することで自分たちに有利な状況を作り出す。もちろん装備で劣る今回の戦闘では、そうしなければアイヴォリーたちに勝ち目が薄かったからそうしたのだ。それでなければ恐らく勝ち負けは逆転していただろう。だが、実際一方的に相手の行動を封じ込めて撃破したそのやり方は不意打ちに近いものだった。

「問題は、次か……。」

　アイヴォリーは小さく呟いた。前回の戦闘は上手く行った。相手が安定に長けたイージスで鉄壁の防御を敷くことは明白だった。アイヴォリーにしてみても何も考えずに自分の行動を構築しろと言われればそれを選択するだろう。
　だから、それを妨害した。
　あの銀色の円柱男がもたらす防衛術、イージスはまさに鉄壁の防御だ。障壁を張る者、物理的な耐性を急激に上昇する者、その方法は様々だが、どういった方法によるかに関わらず全ての攻撃を防ぎきる。無論それは瞬間的なもので三発も凌げれば良い方だ。だが、その三発に関しては一切攻撃を通さない。たとえそれが致命的な一撃であっても。それがこの場所での“シールド”と呼ばれる付加の恩恵だ。
　アイヴォリーの場合は“クモの巣”の迎撃をそれに用いていた。細い鋼線を張り、その張力を解放することで錘の遠心力と張力自体を武器にする。無作為に暴れ回る見えない死線は、実際にはアイヴォリーは全てその通過点を把握していて、どの鋼線を切ればどの位置でどういった軌道を描く鋼線が解放されるのか、それは全て計算し尽くされたものだ。そしてその目に見えない刃は相手の行動を制限するのにもってこいなのだ。相手の足元を弾いて踏み込みを牽制し、飛び来る飛来物を叩き落とす。“クモの巣”自体は以前から良く使っていたアイヴォリーだったが、この世界では“シールド”の恩恵が絶大だった。全くその正確度が違うのだ。要はアイヴォリーにとってのイージスというエンブリオの恩恵がそうして発現した、ということなのだが、自らの持つ方法が精緻に高められるというその結果はアイヴォリーにとって気分の悪いものではなかった。
　だが、次はそう簡単には行かないだろう。何せ相手は人狩りらしい。常に探索者たちを相手にして、その相手の行動を読むことに長けた連中は手強い。装備の面でも前回の相手よりもさらに洗練されている。日々の戦闘で負けることが絶対に許されないだけに、彼らは闘技大会でも危険な相手なのだ。しかも前回の戦闘でアイヴォリーたちが相手の迎撃を考えていることも知られてしまった。前回のように不意打ちで一方的に迎撃してやり込める、というのは難しいだろう。

「ヤレヤレ……まァ、ヤるしかねェか……。」

　アイヴォリーはそうして嘆息する他なかった。


　ここで行かせてしまったら、もう永久に会えないと思ったから。

「敵討ちなんてどうでも良いじゃない。負けたって、弱くたって良いじゃない。宝玉なんていらないよ。こんなことになるなら、ボクは宝玉なんて欲しくない！」

　メイはそう叫んで、懐から二つの宝玉──アイヴォリーと二人で集めた、水と火の宝玉──を取り出し、アイヴォリーに向かって投げつけた。一度管理者から手に入れた宝玉は、失えばもう二度と手には入らない。自分がされたように、他の者から奪う以外に再び同じ宝玉を手にすることは出来ないのだ。同じように探索を続けていくには、誰かを狩るか、人狩りを狩るしかない。

「敵討ちするなら、宝玉の力がいるでしょ。持ってても勝てなかったんだから。
　……ボクを倒して、それを持っていけば良いよ。」


「アイ？」

「ん〜？」

　僅かな食後の空き時間を“有効に”使って、昼寝を決め込んでいたアイヴォリーは、メイリーの呼びかけで微睡みから引き戻された。何か夢を見たような気もする。懐かしい、ずっと昔の夢。毎日がお祭りのような騒ぎで、たくさんの仲間たちがいた。そして、それはどこか胸の痛む夢。

「ねえ、今日当たるこのシリウスって人、もしかして知り合いじゃない？」

　夢の残滓を振り払いながら、アイヴォリーは彼女の問いに答えるためにメイリーが差し出した人相書きを受け取った。それはこの一揆の参加者、アイヴォリーのいう探索者たちを管理している赤毛の女から得られるもので、一気に参加している者に関する基本的な情報を閲覧することが出来る。とはいえ、自分からその参加者を指定して請求しなければ得られない情報なので偶然に昔の知り合いを見つけ出す、というのは非常に難しい。その中でメイリーが気が付いたのは、それが闘技大会で今日対峙する相手の中の一人だったからだ。

「シリウス……うーん、ワンコ……？」

「ほら、島のときにね……」

　そこでなぜかメイリーは言い澱んだ。思い出したくないことを思い出してしまったように。

「人狩りか、コイツ。
　……あー、人狩りな、イヌのクセに魔法使うワンコがいたようないなかったような……。」

　ようやくアイヴォリーはその時のことを思い出した。シリウスと名乗るその知性を持った狼は彼らの遭遇した人狩りだった。それも人狩り同士で協力し合うかなり大手のギルドの一員で、運悪く遭遇してしまったアイヴォリーたちは装備の性能差、対人戦闘に対する熟練の差から一方的に狩られたのだ。しかもさらに悪いことに、その人狩りはアイヴォリーの宝玉を持って行った。あの島で集めるべき目標として設定された宝玉はもっとも大切な所持品と言える。そしてそれは一度手に入れると自分では二度と手に入れることは出来ない。人から奪うことでしか再び手にすることが出来ないのだ。宝玉が日々与える強化の恩恵はもちろんのこと、宝玉が最後の“鍵”となっていたこともあって、後々までアイヴォリーはその敗北──というか宝玉の収奪──に苦労させられることになった。

「ん〜、まァあのコロはいろんなヤツに狩られたからねェ……。」

　あまりにも情けないことを一人ごちてアイヴォリーが首をひねる。結局、島が終わる直前までアイヴォリーは失った火と水の宝玉を回収出来なかった。人狩りを行って同じ探索者を襲う気にはなれなかったし、二人で装備にも戦闘力にも勝る人狩り連中の中にリベンジに行く訳にも行かなかったのだから当然だ。結局、諦めた頃に別の人狩りに襲われてそれを撃退したことで、その男が持っていた宝玉を手にすることになったのだが。
　確かに、襲った者と襲われた者という立場ではあったものの、その後に少し会話をやり取りした気もする。人狩りの中では思ったよりもバランス感覚に長けた、まだまともな神経の持ち主だったような記憶があるのだ。あれだけ苦汁を舐めさせられた相手であるのにそこまで悪い印象がない、ということは唯戦っただけの相手ではなかったような気もする。とはいえ、さすがにかなり時間が経っている昔のことなので、記憶力に自信のあるアイヴォリーにしてみても記憶は曖昧だった。

「ん〜、でもあんときのワンコは、ホントにワンコじゃなかったか？」

　アイヴォリーの手元にある資料からすると、その相手は人の姿をしているようだ。何にしても、今日対峙すれば何かを思い出すかも知れない。

相手が人狩りッてコトは、せめて闘技での再会ッてコトに感謝しねェとな。

　アイヴォリーは、先程見た夢がその直後の出来事だったことに思い至って、珍しくどこか沈んだ眼の色をしていた。