少女は、片平 真名（かたひら まな）と名乗った。

怨敵との奇妙な共同生活、拍子抜けするほどに平穏な時間が続いた。
昼はマナに命じられ、姿を消してマナの妹の監視と護衛についていた。
護衛といっても特に危険に遭う事もなかったが、マナと妹を取り巻く視線に混じる様々な感情は、お世辞にも安全とは言いがたいものだった。

居住棟は警備が厳重らしく、夜は手が空く事が多かった。
そうなると復讐の対象である「伊呂波教の教祖」の情報を集めに回ったが、巧みに情報が隠蔽されており、今どこに居るのかすらなかなか掴めなかった。

そんな日々の繰り返し。
憎しみの火が消える事はなかったが、いつしか私は、片平姉妹に同情にも似た思いを抱いていった。
姉妹はほとんど顔を合わせていなかった。
スケジュールや私室の位置、監視体制からは２人を接触させないようにという"意図"が感じられた。
おそらくはお互いが人質であり、そして何か余計な相談・企みを起こさぬようにとの処置だろう。

まだ義務教育も終わっていないであろう２人の幼い姉妹は、狂気渦巻く教団の奥深くに軟禁されていた。
姉のマナは、強い魔力を持ってこそいたが、不器用で気の弱い娘だった。
妹のカリナは、魔力は姉に劣るものの、器用で狡猾な娘だった。
どちらも根は優しく芯の強い娘だったが、だからこそ姉妹の為に逃げる事も命を絶つ事も出来ず、その境遇に必死に耐え続けていた。



「プルヴィス、お願いがあるの」
「私に何かあったら、カリナちゃんの事を護ってもらえるかな」

ある時、思いつめたような顔をしたマナがある事を口にした。

「生きる上で、多少の苦難は必要かもしれないわ。
　けれど私達の立場は必要以上の苦難少なくないと思うの」
「だから、そうね。
　理不尽な悲しみに苛まれないように。必要のない涙を流さないでいられるように」
「護ってあげて欲しいの」

それはまるで明日死ぬかのような言葉。
一抹の不安がよぎったが、どうせ今までも護衛をしていたのだし、これからも変わらないだろうと２つ返事で承諾した。

「ありがとう」

ほっとしたような笑顔。
こんな怪しい霊体に肉親の事を委ねるなど滑稽とも思えたが、マナには、他に選択肢はないのだろう。
私を信じる信じないに関わらず、こんな話を打ち明けられる相手すら居ないのだ。

『約束します。
　マナの身に何かあったとしたら、カリナを……』

それは確かに同情だった。
付け加えるとしたら、消えはしない憎しみの火も、少しはくすぶってしまっていたのかもしれない。

『……理不尽な悲しみから守りぬきます』





翌日、マナは姿を消した。
それからの事は断片的にしか覚えていない。

幾日もしない内にマナが教団に洗脳手術を施された事。
その結果、信仰に陶酔するあまり教祖を殺害した事。
マナを救う術を求めて、カリナが異世界へ旅だった事。
嵐のように目まぐるしい出来事の中で、私はカリナを追って、異世界へと向かった。


マナとの約束を守るために。

空になった器が静かに置かれる——

そう皮肉る怨霊の兎娘の手に魔女が持っていたはずの金貨が握られていることに悪霊の少女は気づく

その金貨はメルメルが自慢していた持ち物ではなかったか、とプルが指摘すると

怨霊の兎娘はくく、と低く笑う
そしてプルに向き直る

怨霊の兎娘は仰々しく訥々と謂れを語り始めた…

しかし悪霊の少女は聞いていなかった

＊すこし　おまちください＊