穏やかな海面に影を落としながら、クラーロは悠々と飛んでいた。
義手を作った友人が、あると便利だからと、いくつか仕掛けを作ってくれた。
腕を翼に変えるのも仕掛けの一つで、こうして鳥のように飛ぶことができる。

島の巫女見習いが消息不明になった。
かつてクラーロが作った神器の魔力を辿って、巫女見習いを探すため自ら捜索に出ることにしたのだ。
神官達が船を出すと申し出てくれたのを丁寧に断り、一人飛び立ったのは昨日の事だ。
船で行けば数日かかる大陸へも、この翼ならあと半日も経たずたどり着くだろう。
つくづくいい友人を持った、とクラーロは笑みを浮かべた。

クラーロは元々この世界の住人ではない。
別の世界で、鉱山に住み着く妖精族だった。
ある日仲間と見つけた大きな魔石を掘り出した瞬間、異空間の穴に引き込まれたのだった。
異空間の嵐の中で揉みくちゃにされていたクラーロをこの世界まで引っ張ってきてくれたのが、クラーロに義手をくれた友人だった。
彼は異世界間を渡り歩く、特異な種族だった。
この世界は彼の故郷ではないがお気に入りで、薦められるまま住み着いた。
もの作りが好きなもの同士気が合って、友人と呼ぶようになるのに時間はかからなかった。


「…雲行きが怪しい…」

微かな雨の匂いに、思い出の中から現実に引き戻される。

遠くに湧いた黒雲が急激に拡がっていく。
クラーロは速度を上げた。ポツポツと頬に当たる雨粒が、大きさと激しさを増していく。
雨に混じって土の匂いがして、クラーロは顔をあげた。
「あれは山か…？」
目を凝らせば、黒い影が見える。
もっと速く、と翼を大きく拡げた瞬間、突風に煽られクラーロは体勢をくずしてしまう。
(しまった…)
そのまま急降下していった。


「君をこの術に組み込むことを、ゆるしておくれ」
ボロボロの体で立っているのもつらい筈なのに、彼は深々と体を折って謝った。
彼の愛したこの世界のこの島は、度々異界からの禍によって痛めつけられていた。島の北端に異界への穴があいており、そこから這い出てくる魔物を封じる為に彼と共に戦う事が度々あった。
今回の魔物はあまりにも強大で、高い魔力と戦闘力をもつ彼でも追い返すので精一杯だったのだ。
(精一杯どころか…いまにも崩れ落ちそうなのに…)
彼は残った力を振り絞って異界の穴に封印を施すと言うのだ。
クラーロは努めて明るく笑って見せた。
「いいって事よ、儂とお前の仲ではないか。それに、儂の石がないと、術の維持ができんのだろう。」
「済まない…」
クラーロの体が異空間に迷い混んだとき、持っていた魔石と体が融合してしまった。偶然得た高い魔力のお陰で、次元の嵐の中でも無事でいられたのだった。
その魔石の力を利用して封印を完成させ、維持させる。
けれど石はクラーロから取り出せない為、クラーロ自身を封印の術式に組み込む事になる。彼の説明だと、クラーロの体は石化し、意識は残るかどうか判らない。
怖くないわけではなかったが、彼とともにこの世界を護りたかった。
「時々儂に逢いにきてくれるんだろうね。儂から出向くことは当分無理そうだしね」
「…約束しよう」
叶わない約束だろうと思ったが、それでもよかった。
霞んでいく視界の中で、最後に見たのは綺麗な笑顔だった。


「んう…」
体に走った痛みで目を覚ました。
懐かしい夢を反芻しながらクラーロがゆっくりと視線をあげると、

「気がついたようだね。体の調子はどうだい？」

美しい笑顔が待っていた。

◆3135さんの日記一部拝借しました。感謝。