「呆れた。頭よさそうな顔してると思ったんだけど」


男が人斬りに向き合おうとしたその時、壁の中から声がした。
覚えのある少女の声と少し違うような、もう少し大人びた声。


「ナズナちゃん……？」
「残念でした」


驚いた様子の男の目の前に立ち尽くしていた壁がぐらりと揺れた。
壁はその外形だけが外れて倒れ、中からは少女と水霊の姿。


「……ほあ」
「……ナズナちゃん」


意識を取り戻したらしくうすぼんやりと開かれた双眸に男は安堵の息を漏らす。


「時間がないから手短に伝えるわよ。 　貴方に私が持ち得るちからを貸してあげる。 つまりはマスター……江田陸月が持っていた力を」
「……」


水霊は男の返事も聞かずに、己の中の力を光の球として具現化し、男の中へと押し込んだ。


「勿論、さっき貴方が使ってたヘリオドールの力は使えない。 まあ、あの相手もある程度耐えればきっと貴方と同じで満足するでしょ」
「……何故、俺に力を」

身体の中に巡る新たな力を感じる。先程よりも、強く地に降り立つ力を。 手のひらを握り締めてそれを確認しながらも、目の前の水霊を不思議そうに見遣った。


「貴方しか頼れる人がいないから、かしら？」
「……」
「なんて、ナズナが信じる貴方をアタシも信じてあげたくなったからよ」


くすり、と水霊は悪戯っぽい笑みを浮かべる。


「貴方のごめん、に信じる価値を見出したのよ。よろしくね？コルヌさん」
「……スズヒコ、だ」
「あ、あの……」


疲弊した様子で二人のやりとりを見ていた少女が一歩前に出た。


「ありがとう、ございます」
「……それは、俺の台詞だよ」


頭を下げる少女にそう告げて、男は少女と水霊に背を向ける。 踏み出す足に、振り上げた腕に、そうして全身に光が集い、弾けた。 ひととはちがう鳴き声ひとつ。青い異型が駆け出した——