うつ伏せになって本を読むみたいなポーズをとるのよ、とベッドの上で構えの真似事をして見せた

　向き直り、呼ばれたその名に首を傾げる
　
　言葉を、聞く

　“その時にフライバイの為に死んだら一番いいんじゃないか”という時
　女は困ったように、悲しそうに、僅かに眼を伏せた
　それが今は違うという事を理解していても、何か思うところがあったのだろう

「聞いてほしい。」、その言葉に口を閉ざしたままに頷きを返した。言葉だけではなく彼の目や表情、口調、それらは何かしら決意のようなものを少女に感じさせ、内心では少しだけ怯えていた。

ごめんなさい、喉からそう出かかった言葉を必死に飲み込んだ。
まさかこんな内容を彼に話させてしまうと予想していなかった事は事実だけれど、彼の話す内容を思えば罪悪感を感じずにはいられなかった。
謝ってしまえば、それは彼のこれまでの人生を馬鹿にしてしまう事のように思えた。

自分は何者で、譲れないものがあるのか。
生まれてから周囲の流れに身を任せたままに生きてきた。
家業を継いだ今、それは自分にとって果たして譲れないものであり得るだろうか。
自分の生まれ、自分の血が何処から来たものなのか、祖父や父親は教えてはくれなかった。

先の言葉を紡ぐことは叶わずに、静かに首をふった。
そのままサラミスの手に指を絡ませ、少ししてから外すとぎこちない仕草で彼を抱きしめた。

流されるままに生きてきた自分に比べれば、余程彼の方が人間らしいとチセには思えた。
彼の胸に押し当てられた耳は、彼のしっかりとした鼓動を捉えていた。

暗に、攫う機会があることを仄めかす。
ただ、自分の中でここで結論を出す事はできない事だけはわかっていた。