「誰かな」
「誰、とは。——あんまりですな」
　キーエは司教と名乗る男を退けた。
　その中にこの世界で言うエネルギーの塊「エンブリオ」が混じっている事も見抜いていた。
　それはこの世界で使役すべき力と認識してからというもの、キーエはそれを搾取する。
　今度もそうするつもりだったのだが、——「それ」は何かが違っていた。
「エンブリオでは無いね」
「それにこの世界のモノでも無いとも——」
　あえて言葉にするソレは、ラズロが連れている時と姿を変えていた。
　狐のように見えるのに、狐の面を被っている。
　その奥はどうしようもなく笑っているのだけが理解出来る。
　だが、「同じ」だと、思う。
　その笑みには何の意味も無い。
「……君が何であろうと僕に関係ないよ。もし君がエンブリオであるなら少し食べられてくれるかな。君は何だか、「要らない」や」
　その姿は蜃気楼——。
　翼と毛皮を持った龍となる。
　大きく顎を開いて、狐の姿をしたそれを飲み込もうと、する。
　ゆっくりと、確実に。
　その瞬間。
「———」
「…………ッ！！」

　狐がある名前を告げた。
　瞬間、龍の全身がびくんと跳ねる。
　浮力を失ったかのように地に伏せた。
「な、に———」
「我は道を誤ったようですな。我が追ったのは貴殿では無いのに」
「………その名は」
「貴殿も探しておられますかな。いえ、我は貴殿よりも長く共に居ましたが、ね」
「…………」
「……………」
　龍は言葉を発せ無かった。
　ただ、風のような声を喉の奥から絞り出す。
　不快。不愉快。
　感情を形容するならば、それだろう。
　苛立っている。
　何故そう思うのすらわからない。
　その様子を見て、狐が言う。
「————貴殿もどうやら、かの方と同じ道を辿っておられるようで…？」
　その意味に気付いて、龍は牙を噛み合わせた。
「それにしてもその姿。——あの姿も。人すら取らず。半端な」
「喋るな。それを言って良いのは、姉上と天のみだ」
　ばしんとその長い尾が地面を叩く。
　やかましい「キー」という存在は切ってやった。
　何を言ってくるかわからない。そもそも、こんな風に苛立つのも完全に断ち切れず、キーが聞いているからだろう。
　ばしん、ばしんと尾が何度も地を叩く。
　そしてやがて、それすら止めた。
「僕の事を姉上に告げる気か。ならば、暫く共にいると言う事だね」
「さあ。我とてはぐれてしまいましてね。追ったと思ったらコレで」
「………」
「ええ、告げますよ。それまではね」
　答えをはぐらかせた狐に、龍は静かに唸りを上げる。
　それを見届けてから狐は応えた。
　龍は息を吐く。
　もうどうにでもなれ、あるいは仕方ないと受け入れて。
「会いたいですかな」

　逆に聞かれた言葉に、龍は詰まった。
　答えが巡る。
　それはどうも、全て違う気がした。だから、龍は。

「———その口停止せよ。いずれ時が来たら君を呑み込み、転送する。姉上にその時伝えよ」

————貴女に還る場所など最早無い、と。

つないだてをにぎりしめられていることにきづくと、ゆっくりとかおをあげました。

キーさんのことばをかみしめるように、こころのなかでくりかえしました。
そして——

だきしめられてちょっとびっくりした猫でしたが、キーさんがやくそくをしてくれたことにあんしんしてやんわりとだきかえしました。

そのまま、しずかにみみをかたむけていましたが、

おもいうかぶすがたはだれのもの？
いわれてみて、いろんなひとたちのかおがうかび——

いいかけて、それでもなにかおもうところがあったのか、なやみながらも、ぽつり、ぽつりとはなしはじめました。

なんであやまるんだろう、とふしぎそうにキーさんのほうをむこうとして、

からだじゅうをはしる、えもいわれぬかんかくにことばにならないさけびをあげました。
それでも、キーさんをふりほどこうとはせず、むしろすがるようにだきしめるりょうてにちからをこめてけんめいにこらえています。

通りすがりの、耳と尻尾を生やした旅人が、貴方に視線を送っている。

暫く観察を続けるつもりの様子。
隠れる気はあまりなさそうだ。

角を指差して言う。

口内に炎を溜めたままクシャミしかけているのを見てぎょっとしたように右手を上着の中に突っ込みかけたが、どうやら落ち着いたらしい様子に、何も取り出すことなく手を引っ込めた。

見たい見たいと駄々をこねる姿を愉快そうに眺めて、また意地の悪いことを言う。

時間は幾らでもあるからねと嘯く男。
永い断末魔には変化も必要だ。自分達が停滞しているなら尚更。

それは懸命に言葉を紡ぐ姿に向けられたものだろう。
勇気を振り絞る彼の様子に、微笑ましさすら感じているようで。

その後の保証はどこにもないのさ、と嗤う座長の背後。
天幕の中にあった大勢の人の気配が、断ち切ったようにふっと消えた。
彼が「命」に関与するモノであるなら或は、「何か」が無数の腕で観客達を昏い底へ引きずり込む様が視えたかもしれない。

ばーん、と適当な方向に発砲する真似をして、戯けてみせた。
あまり怯えさせても可哀想かと思ったのか、或いは逆効果かもしれないが。
先程まで鼻先に向けていたそれは刃渡り十数センチの鋭い刃が飛び出すやや物騒な代物なのだが、きっと知らない方がいいことだろう。

蹲り、震えながらぶつぶつと呟く彼に慰めとも取れる言葉をかけたところで、気付いた。
先程からキーキー言っているのは恐らく、この生き物の名前なのだろう。しかし。
まるでそこに、見えない「もう一人」がいるような。
そんな態度に気付いたとほぼ同じくして、その声を聞いた。

ああ成程、と頷いて。
時折見せた「誰か」に問うような言葉。その「誰か」に向けて、男は口を開いた。

敵意はない。
けれど返答によっては、或は。と牽制するように。
男は「二人」に問い掛ける。