あれから数日。
　ミニドラゴンはまだそこに居た。
　形を保ち、人格を保ち、生存している。
　手を差し伸べたキーへと、その手を取る事はもちろん躊躇した。
　けれど、威嚇して唸った所でどうとなる訳でも無い。
　むしろただ自分の立場を危うく——『龍』の方がミニドラゴンの生命を見限って喰われる可能性が高かった。
　だからミニドラゴンはこうべを垂れたのだ。
（「だから嫌だったのにな……」」）
「どうほう！　ちっちゃいどうほう！　かんがえごとー？」
　対してキーの方はいつもと変わらない。
　キーエに反論するときはあんなに怯えていたというのに、喉元過ぎれば何とやらというやつだ。
「考えもするさ。俺は喰われかけてるんだぜ」
「あ、うーん……そうだよね。しんじゃうね」
「………」
　これである。
　キーはイマイチ生命に対する倫理観が薄い。
　それは恐らく、生命を『管理するもの』と定義し、扱っているキーエという人格が元にあり、知識もまたキーエから注がれているゆえだとミニドラゴンは考える。
　——事実、それ以外の理由が見当たらない。
　ミニドラゴンは息を吐いた。
「死ぬってわかってんのか。俺は死にたくねえぞ」
「うんーそれはキーもおもうよ？」
「……わかってる感じがしねえ」
　つい苛立つのも当然だろう。
　生殺与奪を気まぐれに決められるこの居心地の悪さ。
　それを軽々しく発言する、幼子。これしか味方が居ない立ち位置。
　苛立ちの余りチリチリと口内に炎が吹き出てくる。
「あ！で、でもね。でもね！キーもわかるの！わかるよ！？」
　それに気付いたキーが慌てて身を起こした。
　どうやら無意識の内にキーへと向いていたようだ。
　収めてやろうとは思いもするが、生殺しのようなこの状態を思えばいっそ最後に反撃してやるのもいいかもしれないと、ミニドラゴンはその方向をぶらさない。
「キーも、消えるのやだなって、最近おもうもん」
　ミニドラゴンは驚いた。
　ぽつりと言った言葉は、どこかほんの少し人間くさかったからだ。
　同時に、自分だけは棚に上げて生き死にを発言するこの龍個体が「いつか消える」と述べる事にも動揺していた。
　ぼふっと音を立てて消える口内の炎。
「……キーもね、おもうの。最近すこしだけ、せかいがひろくて、たのしい。
　キーが無くなっちゃったら、キーはもう思うことも、ともだちもできないの。
　ともだちはこの先も生きたり、…もしかしたらキーより先にしんじゃったりするかもしれないけど」
「…………」
「キーもとつぜん、消えちゃうのは、やだな」
　ミニドラゴンは呆れた。
　そして言った。
「それが普通の感情だぜ」
「………そーかな。そーなのかな？」
　不安げに耳を垂れるキーに、ミニドラゴンは炎混じりの溜息を吐いた。
「その——」

　———そういう思考パターンが生まれたんだね。興味が湧いた。

「ぴゃ———ん！！！？」
　ミニドラゴンが何事か声をかけた時だ。
　キーが全身の毛を逆立てて涙目になった。
「お、おい」
「キーエが！キーエが呼んでる！やーだぁたたたた単にちょっと思っ……キーエの事もちょっと怖いもおおおんだってそれじんもんみたっ———」
「………」
「…………」
「……………おい」
　騒いだと思ったら、途端、急に眠るように意識を失ってしまった。
　ミニドラゴンが声をかけても起きる気配はない。
　見れば非常に、非常に難しい顔をして魘されて、情けない鳴き声が聞こえてくるばかり。

　ミニドラゴンは諦めた。
　こうなったら、キーが解放されるまで、意識が戻ってくることはないだろう。
「難儀だよなあ。なあ、旦那。……旦那？」
　ミニドラゴンは辺りを見渡した。
　呼びかけるのは同じドラゴン種である、ドレイク。
　同じ種のよしみで助命を乞うていたのだが、呼びかけても返事が無い。
　そういえばキーはいつの間にか、ごく自然に遠吠えを放つようになっていた。
　それは確か、ドレイクの技。
「………まだ旦那の気配はするが」
　キーは言っていた。
『生命を造り直してもいいんだし』と。
　もしかしたらドレイクは形を変えて戻ってくるかも知れないし、そうでないかもしれない。
「……それも変な考えなんだぜ」
　ミニドラゴンは無意識に、お節介に呟いていた。
　その言葉がキーに届くことはないけれど———。

「…………」
　魘され続けるキーの横で、ミニドラゴンも同じように身を丸めて寝息を立て始めた。
　まだ警戒は解かない。
　少しの距離を置いたまま。



———その頃のふたり

だまっていたキーエさんがくちをひらくと、いきなりふんいきがかわってめをしろくろさせていた猫でしたが、、

キーエさんにいわれたことをおもいだしたようです。

「やくにたっているようでなによりなのです♪」と、みせられたゆみをみながらうれしそうにうなずいています。

キーさんからもたらされたキーエさんのことばは猫にとってもむずかしかったのか、すべてがわかったわけではありませんでしたが、

あんしんしたのか、それともうれしかったからなのか、ふあんそうなかおにじわりとにじんだなみだ。
キーさんが「ちから」をこめてくれているつながれたてに、しらずしらずのうちにすこしだけ、ちからがこもりました。

キーさんのいうことを、じぶんのなかでもくりかえしてかんがえているのかときおり、こくり、こくりとうなずいていましたが、

そこからさきはいろいろなおもいがまじりあったのか、ことばになりませんでした。

とちゅうでかぼそいこえになったキーさんをふしぎそうにみつめ、そのないようをきくとにっこりとわらって。

つないだてを、もういちどかるくゆすってあくしゅをしました。

くすくすと小さく笑いながら肯定するように頷いた。

そう言って手を振りながら去って行った

耳をつまんで引っ張りながら言うセリフではない。

開演前のサーカス。
ぽつりぽつりと、光と音楽に引き寄せられるように天幕の中に吸い込まれていく観客達。

天幕の陰に男が立っている。
羽飾りの帽子を被った細身の男は、誰かと話しているようだが、相手の姿は見えない。

相手の声は聞こえない。

男が天幕の陰から出てくる。真っ直ぐ、白い影の方に歩いてくる。
妙に白い貌のその男は、白い影の前まで来ると、興味深げにしげしげと眺め。
ややあって、口を開いた。

滑らかな口調、帽子を取って優雅に一礼してみせる。
愛想は良い。だが、どこか胡散臭い。
男の周囲には香水らしき甘い香りが漂っているが、鼻の利く者ならば、その下から這い出る微かな別の臭いに気付くだろう。

月が昇りきるにはまだ少し、時間がある。
男は片手に携えたステッキを地面について、薄く微笑みながら白い影の返答を待っている。

拾ったものをまじまじと眺めている。