限りなく死に近い、生と。

限りなく生に近い、死の狭間で。

私は命という光を追い続けている。

死という闇から逃げ続けている。


それが生きるということだと、信じているから。















「そうか、あの男は死んだのか・・・」

無償髭と眼鏡がよく似合う初老の男はそう呟いた。

終始眠そうな顔にぼさぼさの茶髪、着崩れした白衣が特徴的だった。


「その眼帯をあんたが持って来たってことは、そういうことだろ？」

男は私にそう確認を促し、煙草に火を付け始めた。

「・・・・・。」

私は無言のまま、こくりと小さくうなずいた。

「あいつは・・・どんな死に様だった？」

最後に見た彼の姿を思い浮かべる。

塵となって消える直前の彼の表情を私はよく覚えている。

「・・・安らかな死に顔だった。」

それを聞いて男は白い煙を吐き出しながら安堵の息をこぼした。

「そうか・・・」

そこから、男は私に言い聞かせるように話を始めた。






昔、ここに右目を失い、全身に大火傷を負った患者が居た。

俺は正直、こいつは助からないなと思った。

闇医者の俺でも、一目で分かる。助けられる人間と、そうでない人間だ。

だから俺は手を抜いた。

助けられない命に必死になって、後悔はしたくない。

俺は、そういう奴なんだ。




だが、あいつは生き延びた。



失くした右目と、身体に残った障害のことなんて目もくれず、

俺に笑って感謝しやがった。

救うことを諦めていたこの俺に、だ。


俺はぶちまけたよ、俺にその感謝の言葉を受け取る資格はない。

そう思わなければ、俺が屑のままでなければ、

俺が今まで必死に救おうとして、救えなかった命はなんだったんだ、ってな。


それでも、そいつは嬉しそうだったよ。

これでやっと自由になれたから、ってな。

こっちの事情なんて知ったこっちゃねぇって面だった。


結局、俺は俺自身で勝手に命の線引きをしてただけだったんだ。

救えないのが嫌で、勝手に諦めてただけだったんだ。


そのことに、そいつは気付かせてくれた。

おかげで、俺は今でも医者をやっている。

救えなかった命もあるが、救えた命もある。



こんなことをあんたに言うのは筋違いとは分かっているんだが、

なんとなく、あんたに言わせて欲しい。

ありがとう。




私が立ち去った後も、医者は窓から煙草を吸ってこちらを遠目で眺めていた。

何故ここへ来たのか、私自身にもわからない。

ただ、彼の形見である眼帯を本来の持ち主へ返そうという気分になったのだ。

しかし結局、形見の眼帯は私が持ち続けることになった。

失われた赤い右目、残された赤い左目。

おそらく、今私の左目はこれは彼の物なのだろう。

心臓と左目、彼が何故私にそれらを残したのか、理由は理解しがたいものであったが。

今ならなんとなく、分かる気がした。