「ちょっと、大丈夫？」

　眼帯のおっさんを退けた後、コヒメが俺に向けてはなった言葉だ。それに、俺は気の抜けた声で返した。

「なんかボーっとしちゃって。毒、抜けてないんじゃない？」

　確かにあのおっさんから受けた毒刃は効いた。持久戦に持ち込まれてたらどうなっていたかわからない。だが、心当たりがそれじゃあないことを、俺は自覚していた。

「大丈夫。心配ありがとうな」

　その言葉で、俺は上の空な心を奥底に隠した。

　その日の夜。
　コヒメとネージュが寝静まると、俺は一人で寝床から離れた。危険、だという気はしなかった。
　そうだ、この「危険という気がしなかった」という事実が。俺の心を上の空にしてしまっていたのだ。
　俺はどこにでもいる学生だ。それが住み慣れた町ならまだしも、来て間もない土地、それもいつどこから化け物が出るかわからない場所で一人で出歩くなんてできるはずがない。しようとも思わない。
　それが今はどうだ。武装した兵士、火やら水やらを操る人とも獣とも言えない何か、果ては伝承で聞く悪魔。それらと対峙し、ぶつかり、死にかけ、打ち倒している俺がいる。挙句俺は、自衛のためとはいえ、

　人を平気で殴れる人間になっていた——！

　そうだ、俺は普通じゃない。なくなってしまった。
　確かにお荷物になりたくないと、それ以前に死にたくないからと、自分を鍛えた。そのために、クアールをはじめとする、エンブリオと呼ばれるやつらとも契約した。
　だが、それは同時に俺を普通から、元いた世界から遠ざけているのだ。帰るための行動が、帰る場所をどんどん遠くしている。確信をもって言える。

（……どうしろってんだ）

　あそこから逃げたいと思った、その罰なのか。一人頭を抱える。ここに来て、もうすぐ一ヶ月だというのに、未だに俺は腹をくくれていないのだ。
　選択を迫られている。そんな気がした。