肩をがくりと落としながら男は歩き続ける
生まれてより本の王国から一歩も出ることのなかった彼にとって
名前すら聞いたことのない異世界での放浪というのは
あまりにも性急すぎる経験だった

かつては苦楽がどうであるかも考えることはなかった
皮肉かな
知識の宝庫である図書館の守護者は
その守護者であるがゆえに、誰よりも無知であったのだ

無知な男はただ歩くことすらできない。彼の中にある情報は今はただ
あの本の悪魔の囁きしかないのだ

特には意識することはなかったが、それは彼にとっては人生初のため息だった
きらめく水辺を当てもなく歩み進めていると、やがて、男の耳に水しぶきの音がきこえる
それは、一面の静寂に時折起こる、変化という楽しみとでも表現できる、魚が時折はねるといったものではなく
ばしゃばしゃとけたたましく鳴り響く無粋な音だった

/t2/誰かいるのか……？

少し考えて、彼はすぐに行動に移した
たとえば危険であるとか、もしかしたら裸身の女性がいるかもしれないであるとか
そういった逡巡は彼には無縁のものである。
彼は、思考から発言にいたるまでに一切の躊躇いはなかった。

はたして、そこにいるのは裸身の人であった
二人の人物が、互いに水を掛け合いながら遊んでいた

鍛え抜かれたすらりとした肉体が、生まれたままの姿で煌きの中にあった
透き通るような水辺は、光をそのまま飲み込んで、輝きの中に下半身を映し出している
厚い胸元は、その一挙一動にあわせて軽く上下にゆれている
それはまるで、光に包まれた水辺という極上のキャンパスに踊る
自然ありのままの、原始的な人という名の優れた被写体の
その一瞬の命の輝きを写し取ったかのような光景であった

言いよどむ。デリカシーのへったくれもない。およそ無骨を通り越して純粋なまま成長したその彼の知識にも、裸身の人物に対して何かしらまずいという意識はあったようだ。

それは、ありふれた悲劇の幕開け