去っていくラルフとルリアンナを見送りながら、参一郎は先程の手合わせを思い返していた。
　幾度かの攻防の末、ようやく勝利を手にしたのは参一郎だった。いや、勝つと言うより腕を認められたと言うべきだろうか。
　ラルフは槍に対して徒手空拳で挑み、攻撃のたびに大声を上げていたが、手合わせが終わっても特に疲労した様子は無かった。おそらく手加減されていたのだろう。
　武士として悔しい気もするが、しこたま殴られて追い返されるよりはマシだと参一郎は己を納得させた。

　突っ立ったままそんなことを考えていると、ラルフ達は後から現れた別の人物に声をかけていた。どうやらまた腕試しをするらしい。
　彼等は一揆に新しい顔が加わるたび、ああして戦いを挑んでいるのだろうか？　だとすれば凄いことで、少なくともラルフは2380人の相手と渡り合ってきた歴戦の勇士という訳だ。
　その力をパラダイスとかいう王に向ければ一揆も早く終わるかも知れないのに。詮無いことを思いつつ、参一郎はその場を後にした。

　なんとなく人の流れに身を任せるうち、最も手近な広庭へと辿り着く。城門から城へ至る長い道を無数の花々が彩っていた。
　何度も戦闘が行われている場所だと聞いたが特に荒れた様子は無く、辺りには華の香りと極楽浄土を思わせる穏やかな空気が漂う。
　一揆の只中にいるとは思えず、気が緩みふと腰を下ろしてしまいそうになった。だが次の刹那、草むらの中に動くものの気配を感じ、跳ねるようにして蜻蛉逃（とんぼのがし）を構える。
　どうやらこの地での初めての実戦になりそうだ。何とかなれ、と祈りながら参一郎は何者かが姿を現すのを待った。

　軽やかな足取りと共に飛び出してきたのは、二本足で歩く黒猫だった。無垢な目がじっと参一郎を見詰め、首輪に付いた鈴が心地好い音を奏でる。

　およそ危険を感じさせない愛くるしい姿をしているが、それはケット・シーと呼ばれるエンブリオの一種であり、放っておけば人間を襲う危険な存在でもあった。
　こうして遭遇した以上、戦闘は避けられない。不本意ながらも参一郎は槍を構えた。