………

死んだのか、僕は。

闇。どこまでも闇。
ここが地獄というやつなのだろうか。

闇。果てしなく闇。
案外、何もないところだ。鬼の一匹や二匹くらい居そうなものだが。



…誰だ？どこかで聞いたことがあるような、無いような声。

リブラは、耳に届くその声に目を開けた。そこに居たのは、

そんな言葉を口にする。しかし、その意思が空気を震わせることはない。

当然だろう。口が無いのだから。
もはや、リブラの体は黒い液体その物と化していた。目を開ける、音を聞くと言った感覚はあるが、それ以外は存在しない。

「やめろ！お前に勝てる相手じゃ…」

ドス

その二つの言葉は、最後まで紡がれることは無かった。

地面に広がる黒い液体の一部が、槍のような形になって、ナノを貫いていた。

ベリトが語りかける。その言葉には、侮蔑と嘲笑が混じっていた。

そう言って、ベリトは、黒い槍が刺さったままのナノを、ズルズルと液体側に引きずった。

ベリトがそう言うと、リブラの視界が、上に持ち上がった。
その次に、視界の下で、ばりん、と何かが裂けるような音がした。

そして、貫かれたままのナノの体が、すう、と持ち上がる。
音がしたのは、視界の少し下。そう、人間で言うと、

口の辺りから音がした。


ぶちぶち、と乾いた音が響く。乾いた布を、力任せに引きちぎったような音だ。
鎌首をもたげるようにして、液体ではありえない形に持ち上がった黒い塊は、その身を揺すりながら「何か」を喰らう。

そのうち、ぶちぶちという音は止んだ。砂で汚れた白い綿が、軽い風に流されて転がっていった。
それと同時に、黒い塊が、ぐしゃ、という音とともに崩れ、再び自然の摂理に任せた、愚鈍な形を取り戻した。

背後で、奇妙な音がした。
後ろを振り向くと、そこには人影が見える。
そこに立っていたのは、見覚えの無い青い服を着た、蒼髪蒼眼の少女だった。
そして、次にベリトが理解したのは、

砂地に描かれた魔法陣を、その少女が崩しているということ。
女の足元には、砂漠にもかかわらず水たまりが広がり、その水が、魔法陣を作り上げた砂を押し流している。
今や、魔法陣の一角は完全に消失し、消え失せていた。

ベリトの怒号に、少女は鈴のような美しい声で答える。

そう言うと、少女は地面にぞんざいにノートを放り投げる。

ベリトの悲痛な叫びに、女はこう答える。

その言葉を言い終わるか終わらないか、ボワン、と奇妙な音をたてて、黒い液体から何かが飛び出してきた。

それは、黒い塊。悪魔のような角と羽を持った、小さな人型の塊だった。

その塊を、黒い液体が絡めとった。黒い液体から無数の腕が飛び出し、それが塊を掴み、自らの方へ引きずり始めた。

純粋な液体魔力であるそれは、同じく魔力の塊である黒い悪魔を、まるで鎖のように掴み、締め上げ、捕らえる。
本能のようなものなのだろう。獣が獲物を捕らえて喰うように、草木が土から水を吸い上げるように。
その液体は、自らの力となる「魔力」を、自らの空腹を満たす「食料」を、喰らおうとしているに過ぎない。

液体に絡め取られ、ズルズルと引きこまれていく塊に、先ほどの言葉に続けるようにして、少女はこう言った。

そう言うと少女はくるりと振り向き、砂地に落ちたノートを拾い上げて、落ち着いた様子で砂を払った。

少女は言う。すると、少女の背後に巨大な水たまりが生まれ、その中から「何者か」が2匹出てきた。

その言葉に答える彼女の「従者」は、まるで人と魚を混ぜあわせたような、ひどく奇妙で、滑稽で、悍ましい姿をしていた。
その2匹の従者は、水掻きの備わった大きな手で黒い液体を掬い取ると、少女に続いて「星屑の小川」へ歩き出した。

以上が、これまでに起こった事の顛末。
この出来事を知っている者は、恐らく誰も居ないだろう。
…知っているものがもし居たとしても、そのことに何ら意味は無いのだが。