一度転がり始めた感情を、止めることは難しい。
恋心も、嫉妬も、欲望も。なんだって変わらない。
気が付いてしまえば、いつだってそのことを考えてしまう。

私は３日目に、人を殺しました。敵の兵士でした。
そのとき覚えてしまった衝動は、今もまだここにあります。
動き始めてしまった。転がり始めてしまった。

砂地への行軍を終え、拠点に戻った夜。
モンスターやエンブリオを、沢山殺しました。
砂と、その返り血がぐしゃぐしゃに入り交じって、装備を洗うのが大変でした。
……楽しかった。けれど、物足りない。

練習試合で、アマド君たちと戦いました。
練習試合。殺さないように、殺さないように、と気を付けながら。
……楽しかった。けれど、私には足りない。

とても、怖かった。
ついうっかり、殺してしまいやしないかと。
衝動を抑えきれなくなってしまわないかと。
私を認めてくれた人達を、私と仲良くしてくれた人達を、殺してしまいやしないかと。

ご飯の当番は伯爵で、人一倍食い意地の張ってる伯爵は、いつの間にかそれなりの料理の腕を振るうようになりました。
時折、食材にぬるっとした食感が混じる以外は、とても美味しいです。
彼女なりに、勉強しているのかもしれません。というより、多分、ただ伯爵は自分が美味しいものを食べたいんだと思うけれど。
会議でも使う大きな机を食卓に囲んで、みんなでご飯を食べました。
食事中はお喋りしないのがルールなので、黙々と食べています。スープを啜るときに音を立ててしまうと、アトラさんに睨まれます。
リナリアさんは、私の方を見て、微笑みます。その意味は、まだその時の私にはわかっていませんでした。

深夜。
私は住み処を抜け出しました。
広庭にほど近い場所であるこの平原、遠くにテントがいくつも立ち並んでいました。
それはもう一つの村のようなもので、たき火が点々としている様は、まるでお祭りの夜のようでした。
いえきっと、これは一つのお祭りなのでしょう。
深い夜にも関わらず、人の往来はいくつかありました。

その夜を過ぎようとする私を、呼び止める声。
私は驚いて振り向きました。確かに、足音も、気配もなかったはずなのに。

しまった、見つかってしまった、そう私は思いました。

彼女の声は、でも、

決して私を責めるわけでもなく、ただ、

すべてを見通し、見下ろし、見据えるばかりで。

それはまるで満月のようでした。繰り返し囁く、唆しの言葉が、心に浮かんでは過ぎりました。

その言葉に、威圧感に。私は声も出ませんでした。

　＊　＊　＊

そうして、私は一人、夜を歩きました。
店に立ち寄り、空腹を紛らわせ、斧を隠し、衝動を抑え。
途中、何人か、見知った人ともすれ違いました。いくつかの立ち話は、言い訳にまみれていました。左手は強く斧を握り締めていました。

戦火は夜も絶えず、私は広庭をかいくぐりました。いつぞやの猫のエンブリオや、軟体生物を斬り潰しながら、私は奥へ、奥へ。
私は何も考えず、求めるままに戦いました。あるいはそれは、死ぬつもりだったのかもしれません。
日も昇り出した明け方、私は、敵に囲まれました。

それはきっと恐らく、到底一人では勝てない相手で、そしてもはや、退路すらなく。

練習試合の後

　
　　　　　 相手の視線を真っ向から受け止め、誘導するように、正面から向き直った。
　　　　　　 言葉の意味を浸透させるように、少しゆっくりとした口調で尋ねる。

　
　　　　　 しかしふと首をかしげて、少し間を開き。

　
　　　　　 髪を弄りながら、声色を落として語る。
　　　　　　 目の前の人物と、そして自分に言い聞かせるように。

角の先をじっと見つめる。