研究棟。

ただただ無機質に四角の建物、道が続き、時折廊下の隅に、あるいは天井のダクトから正体不明の度し難いなにかが見付かる無秩序な様は、少しあの世界に近い。
コツコツという僕らの靴音と、なにかが這いずる粘った音だけが耳に届く。


くるくると手元の花を弄ぶ。
この世界に来てすぐ、赤毛の少女に持たされた赤い華だ。
あれからかなりの日数が経っており、そこそこ粗雑に扱っていたはずなのに、不思議と花は枯れない。
枯れないどころか、萎れず、折れず、今なおその場に咲いているかのような姿。
ごく自然な姿が、不自然に存在している。生命の華、というだけあって生命力をこの小さな中に湛えているのだろうか。

エンブリオとの契約にはこの花の花弁が必要だ。僕はそう教わったし、事実として今までのエンブリオ契約はそうやってきた。

が、例外も同時に知っている。

強制型エンブリオ、という言葉をどこかで耳にした。
契約を持ちかける側の意志ではなく、エンブリオの意志によって契約が成立し、またその結び付き自体が強固で、解約を困難とする、らしい。

僕自身が直接話を聞いたわけでもないのでそこはどうにもうろ覚えなのだが、この話を聞くといつも僕は自分自身のことを考える。

生命力と力の殆どを対価、代償とした契約は行き過ぎた。
最早受け入れたことではあるが、その結果として僕らは自身の境目を失うまでに至った。

強制型エンブリオといい、エンブリオとの契約というものは、本質的に存外危険な行為なのかもしれない。
こういった研究施設まで構えるほどなのだから、まだまだ謎や調べるべきことはエンブリオ、そして契約には多く残されているということだろう。

多分、今後のことを考えるなら、どうしたって契約のことや、エンブリオの事は嫌でも調べなければならなくなる。

勢いで行く先を結論づけはしたものの、課題は多い。

……差し当たっては、目の前の一揆から片づけないとなぁ。

木で作られた台に乗って、踊りながら歌っている女の子がいる
１曲歌い終わると、ちらほらいる観客に向かって話しかけ始めた