「起きて、風早。」

埋もれていた風早を、意識の中から引き上げる。
心象の風景で起きていたことだから
その表現が正しいのかはわからないが、
僕がその状況を言葉にするならそういう形になる。


今し方、引き上げられた当人はどこか呆けているようだ。
力が抜けきっているようで、引き上げられた今なお、ぐったりとして見える。

「……無事……ではないよね……。大丈夫？」

たとえて言うなら、生きたまま丸飲みされて、
消化されかかっていたようなものだから、決して大丈夫ではないだろう。
そして僕自身がそんな状況を強いた張本人でもあるのだが。
声をかけずにはいられなかった。

『……私は』

聞こえる声は掠れ、潰れ、かすかだ。

『……私は……もう、よかったのに。このまま消えてしまっても、私は』

呪文のように呟かれる。
そう唱える顔は見えない。
というより、元から顔は無い。

決まった形を持たない彼、或いは彼女に、目に見える姿はない。
端から見れば、僕が中空に向かって
一人語りかけているような光景になるんだろうけど、構うものか。
どうせここには三人しかいないのだから。

『私も君も、もう元に戻れる保証はどこにもない』

一度口を開くと、辿々しくも言葉が吐き出される。

『君は逃げなければならないんだろう。この世界から』

『一揆に巻き込んだのは、単なる私の我が儘だ。私の勝手で、君の行動を縛る権利はない』

『だから、私のことはもう気にしないでくれ』

『一度落とした命を、君に帰す。ただ、それだけのことなのだから』

きっと、人間であれば。
人間であれば、その顔は伏せられたままで、言葉だけが発されていたんだろうと思う。

だから、その言葉はきっと、僕に向けた言葉ではない。

「……君の悪いところだ」

顔は伏せられたままだ。

「人の話を全然聞かないんだから。おまけに説明が足りない。
僕と初めて会ったときも、そうだったじゃないか」

今も覚えている。
森の中で倒れていた(らしい)ところを偶然見つけた後、
気づいたら不可抗力で契約が成立していたし、
一揆にも参加することになっていた。

あの頃の僕は酷かった。
何が自分の身に起こっているのかすらよくわからず、
ただひたすらに慌てふためいて右往左往していた覚えがある。
今となっては懐かしくも、恥ずかしい。

「……あ、それと。僕の服も勝手に合成に使ったことがあっただろ。あの後大変だったんだからな。
君は冷静に見えて、思いつきと勢いで行動するから油断ならない。」

何の話をしているんだ。
と、戸惑う気配を感じた。

注意はこちらに向いている。
そう、それでいい。

やっと僕を見た。

「勝手に話を進めるなよ。僕の話がまだなんだから」

捉えた。

「僕はこの世界にまだ残りたい。
……いつかはどこかに行くかもしれないけど、
まだまだやりたいこともあるし、
ここで仲良くなった人もいるんだ。」

ふと背中に気配。
遠くから彼がこちらの様子を窺っているのがわかったが、
今の僕らに対してどうこうするつもりは無いようで、
ただ黙って、こちらを見ていた。

「見たことも聞いたこともない世界なんかに邪魔されてやるもんか。
そんな世界のために、僕らはここで戦ってるわけじゃない」

これが僕の意志。結論。

「……だから、僕は諦めないよ。
僕はこの世界に残る。
君もこの世界に残るんだ。」