「無事に帰ってきてね！」


そう言われて。
そして心の中で少し。少しだけ首を捻る。

帰る。
それは元いた場所に戻るということ。

この場合、帰るという言葉は適当なのだろうか？

僕は別の世界からメルンテーゼに来ている。
メルンテーゼに帰る家などはない。来たばかりだから当然といえばそうだ。だから僕に元々の拠点などないから、メルンテーゼに帰る場所はない。
帰るという言葉を使うなら、何より適当なのはあの世界に対してではないだろうか。

けれど、僕はあの世界に対して帰属する意志を既に、無くした。
遠い物語のような、伝聞だけの世界にそんな物を抱けという方が無理なんじゃないかと、今は思う。
僕はあの世界のことを何一つ覚えていない。植え付けられた朧気な「プロフィール」を除けば、僕の記憶は全てメルンテーゼに来てからのもので


あれ。


「僕」にとっては、この世界で過ごした時間が一番長いんだ。
そして、その一番長い、一年にも満たない、このごく僅かな時間こそが、僕の記憶の全て。

この世界が、僕にとって無二の世界。

「……帰る。」

小さく口に出す。

「……ちゃんと、帰ってこなくちゃ。」

聞こえるか聞こえないか。
それぐらいの大きさで独り言を呟く僕を見て、少し怪訝そうな顔をされた。
僕に声をかけてくれたあの子が、何時になく真剣な顔をして、こちらを見ている。
ああ、心配しないで。

少し笑って答える。

「……ちゃんと無事に帰ってくるでゴザル！」

　　　　　　　竹を背から引き抜き

　　　　　　　鎌を一振りして

　　　　　　　翡翠を細く裂き割り、数万の細い翡翠を革に植え込んでいく