それは偶然、そう運命の悪戯のようなものだった。

あの日、私の前に精霊の少女が現れなければ。
私が彼女の存在を感じ取ることができなければ。
私の爪が鋭くなかったならば。
私の歯が柔らかであったならば。

私が「彼ら」を憎んで……忌々しく思っていなければ。


『あなた、私がわかるの？』

そう呟く少女に対して向けた目は好奇だったか、恐れだったか、はたまた憎しみだったか、
今となってはわからないが、私に向かって悪戯っぽく微笑みかけた少女は

『私と、一緒に行く？』

意味も分からなかったが、なぜか惹かれて……気が付くと私は少女に手を握られており、
そこから強大な魔力が流れ込んでくるのを感じた。

『私の名前は ユメル よ』

その言葉を最後に、理性が吹き飛び……

断片的に思い出せるのは


小さな檻（せかい）から出た私が　暴虐の限りを尽くしたこと


そこには

檻にもたれ掛かったまま息絶えた人がいて

叩き壊された檻があって

熱に焼かれた喉を掻き毟ったまま、水場に倒れた人がいて

炎で焼き尽くされた建物があって

目を見開いたままの裂傷を負った亡骸があって



全身に返り血を浴びた私がいて



それから……それから……

そう

私は

　「喰べた」　

人間を

　「喰べた」　

何人も、何人も、途切れることのない欲望のままに、肉を、皮を、脳を

　「喰べた」　


計り知れない欲望が満たされたとき、私に「知能」が宿った。

それと同時に、自分の罪に……その重さに心が押しつぶされた。

「————————————ッ！！！」

絶叫と共に、私の意識は闇へと融けた。

その瞬間の少女の顔は……

そうだ

思い出した


彼女は　「泣いていた」　んだ。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

再び意識を取り戻した時、私は記憶を失っていた。

ただ、傍らで泣いている少女が大切な存在だということはわかっていたから

だから……

「おはよ〜、ユメル〜」

明るい声で呼びかけると、一瞬驚いたような顔をしたユメルが、泣いているような笑顔を浮かべてくれたから。

彼女にずっと笑顔でいてほしいと、そう思ったから、私も明るくふるまい続けると決めたんだ。

自分が何者かわからなくても、過去に何があっても

彼女の笑顔を護りたいって　そう、思ったんだ。

パンダバンヤは壊れた首輪を見つめている……

その眼は真剣であり、だが、思いつめたような色は、ない。