──それなのに、彼は、『俺を殺してくれ』と言った。



「……いいよ」

最初の声は、少年のもの。
その意味を理解すると同時に、足が動く。

「──……だめ」

彼よりも前に。庇うように前に。
これ以上呪術師を、彼に触れさせたくなくて。

「……嗚呼、それじゃあ駄目だよ。『アリシロ』？」

そうして相対した、『呪術師』の瞳は、

「……それじゃぁ、順番が逆になってしまう。君がマコトの前に立ったら、『天秤の向きが傾いてしまう』」

────嗚呼。

思い出す。思い至る。
初めて彼を見た時に感じた、見ても、聞いても、触れても、知ろうとしてもいけないもの。
あの日、カゼヨミが触れ、暴走と殺意を向けたものの正体は、『これ』だったのだと。

「君がマコトを助けたいように。ねぇ？　『アリシロ』？　マコトだって『君を助けたい』んだ。
　君のその『愛情(のろい)』が、マコトのそれと『等価(トウカ)』なように。主観は幾らでも天秤に乗せるべき重さを変える」

ざらざらと、ざりざりと、ざわざわと、それはそこに『在った』。
追われてる。呑まれてる。食われる。覆われる。埋もれる。殺される。殺される殺されるころされる。
あの時の菫と重なる、灰の色。するりと、しゃなりと、躊躇いなく『してしまえる』瞳。

「————世界は、いつだって相対的だ」

微笑みも、声も、変わらないはずなのに。
思考と身体が、血が、理解を拒む。彼のその瞳を、私は知らない。今の彼の『そのもの』を、私は知らない。知りたくない。
それでも、

「……ソルト。私の『愛情(のろい)』を知っているのなら、ひいて」

「退かないよ。君の『存在(おもい)』を知っているから、退けない」

それはもう、知らない瞳ではないのだから。
繰り返さないために、ここに来たのだから。

「彼の死が、今の彼の望みなのだとしても。
　私は、私の命を、彼の『愛情（のろい）』に、命に、守らせるわけにはいかない。
　その天秤を、釣り合わせるわけには行かない。──あなたを、呪わせるわけには、いかない」

すいと上げられる細い指。
それが何かと認識する前に、また一歩。
躊躇いが生まれたのは、『それ』を形作りきった後。
鏡合わせのようにそこに在る指先。骨のように細い銃口の向こう側。『彼』である筈の彼に、同じ指の先を向ける。

人の形をした『それ』が、視界をあふれる。はちきれる。ぶつりと、何処かで音がする。
指が震える。足が震える。吐き出す息は、ぶれて震えていた。
それでも、変わらない。私はまだ、『私のままで居られる』から。だから。

「──私は、私の絶対を、まもる」

彼だけは、毀させはしない。殺させはしない。
私に向けられる全てが、私の全てを、毀そうとしても。

──それなのに、彼は、『俺を殺してくれ』と言った。



「……いいよ」

最初の声は、少年のもの。
その意味を理解すると同時に、足が動く。

「──……だめ」

彼よりも前に。庇うように前に。
これ以上呪術師を、彼に触れさせたくなくて。

「……嗚呼、それじゃあ駄目だよ。『アリシロ』？」

そうして相対した、『呪術師』の瞳は、

「……それじゃぁ、順番が逆になってしまう。君がマコトの前に立ったら、『天秤の向きが傾いてしまう』」

────嗚呼。

思い出す。思い至る。
初めて彼を見た時に感じた、見ても、聞いても、触れても、知ろうとしてもいけないもの。
あの日、カゼヨミが触れ、暴走と殺意を向けたものの正体は、『これ』だったのだと。

「君がマコトを助けたいように。ねぇ？　『アリシロ』？　マコトだって『君を助けたい』んだ。
　君のその『愛情(のろい)』が、マコトのそれと『等価(トウカ)』なように。主観は幾らでも天秤に乗せるべき重さを変える」

ざらざらと、ざりざりと、ざわざわと、それはそこに『在った』。
追われてる。呑まれてる。食われる。覆われる。埋もれる。殺される。殺される殺されるころされる。
あの時の菫と重なる、灰の色。するりと、しゃなりと、躊躇いなく『してしまえる』瞳。

「————世界は、いつだって相対的だ」

微笑みも、声も、変わらないはずなのに。
思考と身体が、血が、理解を拒む。彼のその瞳を、私は知らない。今の彼の『そのもの』を、私は知らない。知りたくない。
それでも、

「……ソルト。私の『愛情(のろい)』を知っているのなら、ひいて」

「退かないよ。君の『存在(おもい)』を知っているから、退けない」

それはもう、知らない瞳ではないのだから。
繰り返さないために、ここに来たのだから。

「彼の死が、今の彼の望みなのだとしても。
　私は、私の命を、彼の『愛情（のろい）』に、命に、守らせるわけにはいかない。
　その天秤を、釣り合わせるわけには行かない。──あなたを、呪わせるわけには、いかない」

すいと上げられる細い指。
それが何かと認識する前に、また一歩。
躊躇いが生まれたのは、『それ』を形作りきった後。
鏡合わせのようにそこに在る指先。骨のように細い銃口の向こう側。『彼』である筈の彼に、同じ指の先を向ける。

人の形をした『それ』が、視界をあふれる。はちきれる。ぶつりと、何処かで音がする。
指が震える。足が震える。吐き出す息は、ぶれて震えていた。
それでも、変わらない。私はまだ、『私のままで居られる』から。だから。

「──私は、私の絶対を、まもる」

彼だけは、毀させはしない。殺させはしない。
私に向けられる全てが、私の全てを、毀そうとしても。



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チキレ敗走に付き、メッセとコミュは次回更新時に。申し訳ありません。

三人が追いついた先。
菫色の気配を纏った少年の姿がそこにあった。
辺りには、敵意の雨。凶暴化した大草原のエンブリオたち。

慌てて後を追った先。敵意の雨の中佇む姿に、声を失う。

追いついた、その先。野良エンブリオに囲まれた姿に息を呑む。
今の彼なら、敵うのだろう。けれど、今の彼は『敵おうとするのか』。
ぎりと唇を噛み、走る速度を上げる。

それは一種の成熟だよ、と、知ったような顔で語る。


——どうして。
問われたことの、その所以を、思いをたどるよう、目を細めた。

　
　呼ばれたと解って、それで距離を詰めた氷は、何かあったのだろうかと僅かに首を傾げる。
　紗越しに視線が合えば、氷は少女には僅かばかりの笑みを向ける。その頭を頭布の上から撫でて。
　

　
　ほんの少し、言葉を探す間を置いて。
　

　
　考えた結果は、まるで痴話喧嘩を告白するかのような言葉になった。隣の氷が、ほんの少しだけ立てた笑い声がさりさりと響く。喧嘩では無いんだけどと付け足して言って。
　

叫ぶ。絶叫する。
菫爪が首を掻き毟る。鮮血が撒き散らされる。それでも少年は死んではいない。
菫の瞳は彼を傷つけない。
　 か
改竄わっている。首元が、鱗のようなものに覆われている。

我を失っている。否、我があるからこその悲痛な叫びに。
掻き毟る姿に駆け寄ろうとするけれど、ひゅ、と伸びてきた攻撃の手に足を止められる。

悲鳴を、焦りを飲み込む。もう、その感情に染められるわけにはいかなかった。
大丈夫。自分がするべき事は、もうわかっているのだから。
掲げるように上げる腕。指先。それを、彼へ襲い掛からんとする一体へ。

少年の言葉にどこか寂しげな様子で見つめて。
嵐の前の静けさのような、その穏やかさに逆に言葉を失う。
謝罪の言葉も逃げろという言葉も聞こえない様。

それ以上は何も言わず。答えも無理には求めない、まま。

少年が右眼を覆って苦しんでいる。
彼はその能力を制御しようとするのに精一杯で、向けられた攻撃に対処する術など無い！



けれど。

ゆっくりと。
揺らいでいる。水面に揺蕩うように、穏やかに。
けれど、それは狂気を孕んで——

——不可視の人影が、少年に加護を与える！


ソ　　　バ　ニ　　　　　　　　　　　　　イ
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　ル　　　　　　　　　　　　　　ヨ　

死を懇願する声は耳に焼き付いて。
知らないものが在る。知らない気配が在る。
それでも、娘は凛と前へ立つ。
何が正しいのか、どうすることがいいのかはわからないけれど。

いつかの森を、思い出す。
けれどあの時と確かに違う確固たる意思を、全員が、持って。
似て。違う。望まない光景に、やめてください、と小さくもらす。
——殺意に、凶器に、狂気に。

https://dl.dropboxusercontent.com/u/69846349/ikki/d26_battle.mp3

魔力を通して見える空間が、歪んで見えた。
それはマコトの能力の本質——変えていく力。
マコトの『世界を改変する』能力は、いつか『世界を壊していく』。
『世界を守ること』を刷り込まれたメィレーの手が、本能が、マコトを壊すために—————

みつけた　『みつけた』　みつけた　『みつけた』　みつけたみつけた