「えっと、毛布は……よいしょ」
　人気のなくなった兵舎の一室に忍び込み、荷物を置いて寝支度を始める。
　フローラが鞄から取り出した毛布は、ただの薄手の柔らかい布きれで、むしろタオルケットと言う方が適していた。幸い屋内で気温も高めであるため、風邪を引く心配はないだろう。
「ふぅ、おやすみなさーい……」
　一人で就寝の挨拶をする。誰の返事もないと知ってはいるのだが、習慣となっているものを急に止める事は難しい。神様に挨拶しているんだ、と思いつつ鞄の柔らかい部分に頭を乗せた。
　疲れもあって、すぐに意識が曖昧になる。瞼の裏から浮遊するような感覚に包まれた瞬間、フローラは夢の世界に落ちて行った。



　王宮の長い廊下。薔薇色のタイルが埋め込まれた床に、フロレンスの足音が響く。
　両手に捧げ持った小さな箱。これをあの方に渡すんだ。
　はやる気持ちが足を急がせる。走ってはいけないと、分かってはいるのだけれど……。
　あの方は気に入ってくれるだろうか？風の噂で耳にした、彼女が好きだという花の香りを入れてある。
　どうか、良いお顔をしてもらえますように。
　フロレンスはまだ見ぬ自分の生徒の笑顔を思い描き、きっと自分の想像よりもずっと、相手は素晴らしい少女に違いないと思った。
　さあ、扉を開けたらまず、何と言おうか。
　今日初めて会う、自分の生徒。
　エメラ・ルピナス・エヴァローズ王女殿下の妹君、ヴィオンヌ姫に。

前方の兵士達を見ながら。

フローラの慌てた様子を見れば、楽しげに頬を緩めて。

　 　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　おかえり、行き止まりへ。