■ 人斬りジャック（三）

真夜中の暗い山林の中を男がひとり歩いている。
上からまばらに差し込む月明かりだけが頼りの侘しい道行きだ。
だがそんな薄気味悪い道でも男はにやりと笑っているようだ。

と、ふいに男の動きが止まった。
そして「曲者！」と一声。
暗闇で何かがきらりと光った。

声の先にいたのは我らがマニー親分だ。
片手には乾分のハチベを抱えている。
その横を見ると木の幹にハチベご自慢のそんぶれろが短刀で縫い付けられていた。
親分が咄嗟に引き寄せなければハチベの頭に穴が空いていたところだ。


「気の弱い旦那かと思ったが、昼行灯も夜は油断ならねえッてことだな」と親分。
「なんだ、親分か。夜中に人の後を尾けるというのは感心せんな」と男は答える。
その声はまさに、昼に無罪放免したはずのあのジャックであった。

「親分、何用かな」と昼とは違って凄みのある声を出す。
「返答如何によっては親分と言えど容赦はせぬぞ」と眼光も鋭い。
「そう目くじらを立てなさんな。実は例の辻斬りの下手人がわかったんでね」と返す親分。
「ほう、それはわざわざご苦労なことだ」とジャックはにやりとする。
「私に濡れ衣を着せたのは何処のどいつだ」と自信満々に言う。

「最初に気になったのは昼の辻斬りのことでえ」と親分は構わず絵解きを始める。
「これまではお城の侍ばかりを狙っていたのが、急に一揆の連中がやられた。
　しかも全員傷が浅かったってことは、昼の辻斬りはただの囮じゃねえかと思ってな」
という親分の話しを、ジャックはまだ大人しく聞いている。

「つまり、お城の侍を襲った奴と昼の辻斬りは別人だったんじゃねえかってことだ。
　それでチョット詳しく調べたら案の定。違ったんだよ、足跡がな」
「ほう、足跡とな」とジャックは少し眉を上げた。
「ああ、同じ甲冑だから、当然足跡の形は同じだったがな。
　だが昼の方が足跡が浅かった。まるでその甲冑の重さが半分になったみたいにな」
と、親分も眼光鋭くジャックを見据える。

「それは面妖な、甲冑の重さが変わるわけはなかろう」とジャックは嘲笑う。
「あたりめえよ。甲冑の重さが変わらねえってことは、残るは中身が変わったってことだ。
　正確に言やァ、それまで入っていたはずの中身がなくなったってことだがな」
と、親分はついに核心に触れた。
「つまり昼の辻斬りは甲冑が勝手に動いてやったってことでえ。下手人のお前さんを庇うためにな」


「ふはは、御主なかなか面白いことを言う」とそれを聞いてジャック。
「勝手に動く甲冑など、怪談話しならともかく真におると思うのか」
「ああ、俺も最初は信じられなかったがな。だがこのお城は何かおかしい。
　例えば、鎧兜のような姿のえんぶりおがいるとしたらどうでえ？」
「ふん、何を言おうと証がなければ絵物語だ」とジャックは強気だ。
だが親分も負けてない、自信ありげにぴゅいっと口笛を吹く。

「そう言うと思って、ちゃんと捕まえておいたぜ」と親分。
すると林の奥から乾分のモモスケの頑丈な糸で縛られた甲冑が転がり出た。
甲冑は苦しげにじたばたと藻掻いている。

「こっちのえんぶりおも優秀でな、こいつの血の匂いをオチョウが追ってくれたぜ」
流石は親分、ハチベにジャックを尾けさせながら、甲冑も捕まえていたとは。
「さて、絵物語かどうか確り見てくんな」と言って甲冑の兜を外す。
すると何と云うことか、その中身は空っぽだった。


「ふはははは」と、それを見た途端に薄気味悪く笑うジャック。
「成る程、噂通りの切れ者、もはや此処までのようだな」と開き直る。
「確かにそれは拙者のえんぶりお。甲冑の姿をしたラセツ…」
と、月明かりに上げた顔には、ぞくりとするような狂気の笑み。
「そして、妖刀のえんぶりおのマサムネだ！」と叫ぶ。

と、縛られた甲冑の腰に差してある太刀がひとりでに宙を舞った。
それがそのままジャックの手へ、というところに親分の鞭が飛ぶ。
捕まった刀は、それでもまだ逃げようとがたがたと動く。
逃すものかと乾分たちも一斉に飛びかかってようやく刀は抵抗を止めた。

が、ふとジャックの方を見ると既にその姿は消えていた。
「チッ、逃がしたか」と親分。
「まさか甲冑と刀が別々のえんぶりおだったとはな」と悔しそうだ。
「追っかけましょうか」とハチベは鼻息を荒くする。
「いや、深追いは危険だ。それに奴は丸腰だからしばらくは大丈夫だろう」
と親分は捕まえた二体のえんぶりおを眺める。

「こいつら、まるで人がつくったみてえなえんぶりおだぜ」と親分。
「矢張りこの城はキナ臭え、何か嫌な予感がするぜ」と眼下に見える城の明かりを見据えた。