■ 人斬りジャック（二）

「お前さんがジャックかい」と問い詰めているのはマニー親分。
「はあ」とその前に畏まっている痩せた中年男は頷く。

川で見つけた人斬り武者を追いかける親分たち一行。
途中でお城の侍に邪魔をされたが、それを振り切り足跡を辿って山道まで来た。
川沿いの泥濘んだ道を重い甲冑をつけて逃げているので辿るのは簡単だ。
だが少し山を登ったところで道は岩が多くなって、とうとう足跡も消えてしまった。
これじゃ仕方ねえと、親分は一揆の人間を探して聞き込みをしようと思ったのだが。

まさか、山の中腹で最初に見つけた男がその人斬りのジャックだったとは驚きだ。
だが目の前にいる痩せぎすの男があの人斬り武者だとは鳥渡信じ難い。
そもそも肝心の太刀や甲冑を持っておらず、見窄らしい粗末な格好だ。
「確かに、私は昔ここで侍をしていたジャックだが」と男は答える。
「今は刀を捨て、一揆の者たちに紛れて懐かしいお城を見にきただけでござる」
と、元侍の割にはまったく偉ぶらない、むしろ弱々しい言い方だ。


「どういうことでしょうか、親分」と首を傾げるのは乾分のハチベ。
「あの野郎が辻斬りの下手人じゃなかったんですか？」
「まあ、見た目じゃ判断できねえが、確かに変だな」と親分も頷く。
「じゃあ、あの斬られた連中が下手人を見誤ったんでしょうか」
「その割にゃ、ジャックに斬られたと言い切っていたがな」
「ううん、結局どっちなんですかい」とハチベは頭を抱える。

「とにかく甲冑や刀がなけりゃ人も斬れないだろう」と親分。
「奴が下手人なら何処に隠したか」と辺りを見回した矢先。
「ぎゃッ」という叫び声が近くで聞こえた。


「お前はジャックを見ていろ」と親分はハチベに言って駆け出す。
今度は逆に山道を駆け下りて声のする方に走る親分。
するとその坂の先で、さっきの人斬り武者が一揆の連中を襲っていた。
「御用ッ！」と親分が鞭を出して飛び出す。
それを見た人斬り武者はいち早く逃げに転じた。

逃がすものかと追いかける親分。
相手は重い甲冑を着ているので追いつくのも時間の問題、と思ったのだが。
「こいつァ…」と親分が驚くことに、武者は坂道をあっと云う間に逃げてしまった。
どうやら逃げ道を予め調べていたようで敵の姿は川沿いの雑木林に消えていった。
親分は深追いするのは危険と、引き返して襲われた連中の手当に向かった。

「兎に角これでジャックが下手人じゃねえってことがわかりましたね」とハチベ。
幸い襲われた一揆の連中はかすり傷程度だったので親分はすぐに戻ってきた。
そして今の一件の間にジャックはずっとハチベと一緒だったことを確認したのだ。
「まあな、だがチョット気になることがあってな」と親分は判然しない。
「とりあえずジャックの旦那はもう帰ってもらっていいぜ」と言うと、
そそくさと当のジャックはもう坂道を下っていた。


さっき人斬り武者が逃げていった跡を腕組みをして見据える親分。
矢張り足跡は途中で途切れていたが、ところどころの地面には残っている。
親分は屈んでその足跡をしげしげと眺めていたが、ついに顔を上げた。
「成る程ねェ、そういうことかい」と何かに気付いた様子。

「さて、ハチは上手くやっているかな」と山の方を見上げる親分。
どうやらこの事件、久々の大捕物になりそうだ。