■ 掴む手

「親分、この辺りは特に薄暗いですねえ」と言ったのはえんぶりおのハチベ。
「お城の庭だからな、このくらいの森はあるだろう」と応えたマニー親分。
一行はお城の外の森の中をずんずん進んでいた。

「ところがどっこい、この辺りの暗さは木陰のせいだけじゃないんで」
と、ハチベは声を落としておどろおどろしく言った。
「さてはお前、また何か変な噂話を仕入れてきやがったな」と親分はお見通しだ。
「へえ、まあとにかく聞いてくだせえ」とハチベの話しが始まった。



ハチベが聞き込んだ話しはこうだ。
ある一揆小隊の一行がこの辺りの森を進んだ時のこと。
怖いもの知らずの連中はやはりずんずんと道なき道を進んでいた。
珍しくお城の化け物も鳴りを潜めていて実に順調だった。

と、その中のひとりが急にすっ転んだ。
仲間の連中はその間抜けさを笑ったのだが、当の本人は何やら腑に落ちない顔をしている。
「何だか、何かに足を掴まれたような気がするんだが」とそいつは言った。
そんな莫迦なとますます仲間は笑ったが、それもこの時までだった。

ばた、ばた、と小隊の連中が歩くたびにすっ転んでいく。
そいつらは口々に、何かに掴まれたと言い出した。
だが当然ながら地面には何もいない。
最初は笑っていた連中も、自分がすっ転んだら笑い事ではなくなった。

「おい、悪戯もいい加減にしろ！」と堪りかねてひとりが叫んだ。
すると、下の草むらを何かが動き回る、がさがさという音が響いた。
やはり何かいる、と思った瞬間に、今度はくすくすという笑い声が響いたのだった。



「で、結局正体を見極めずに逃げて来たのけえ」と親分。
「そいつらは、不気味な腕が地面を動き回っていると思ったみてえですがね」とハチベ。
「矢っ張り化け物より物の怪の方が気味が悪いんだろうな」と親分は考えた。

と、そうこう言っているうちに辺りはさらに薄暗くなってくる。
そして心無しか、地面をがさがさ動く気配がするような気がしてきた。
「親分、もしやこの辺りが…」とハチベは自分で話した噂で怖がっている。
「ふん、正体見たりなんとやらだぜ」と親分は強気だ。
「だが確かに、この草むらじゃ何かいても見つけられねえな」
親分は少し考え込むと、後ろを振り返って声を掛けた。
「おい、ヤジロ。こういう時はお前さんの出番じゃないけえ？」

そう言われてのそりと前に出たのは黒山羊のえんぶりお。
新しく手下になったこいつの特技は大食いだ。
「へえ、この辺りの草を片付ければいいんで？」と自信満々だ。
「頼んだぜ」と親分が言うとすぐにヤジロは地面に顔をつけて草を頬張り始めた。

「てえしたもんだ」と親分はヤジロの食いっぷりに見惚れている。
あっと言う間に周りの草むらはすっきりして見通しが良くなったが、当然腕などはない。
と、急に草を食べていたヤジロの動きが止まって親分の方を振り返った。
「お探しのものはこいつでごんすか」と地面を指した。


「なるほどね、こいつが掴む手の正体けえ」と親分は呟く。
ヤジロが綺麗にした地面には、ぽつりと草の根で結び罠がつくられていたのだ。
「しかしこんな簡単な罠に一揆の連中がひっかかりますかね」とハチベ。
「確かにな、ちとこいつを調べてみるか」と親分が罠を調べようとしたその時、
くすくす、と小さな笑い声がした。

「矢っ張り何かいやがるな」と親分が根っこに手を出すと、
今度はなんとその根っこが勝手に結び目を解いて逃げるように地面に消えた。
「逃がすけえ、追っかけるぞ」と一行は根っこの元を探す。

くすくす、くすくすとおちょくるように笑い声が響く先を追っていくと、
急に開けた明るい場所に出た一行。
そこは一面の花畑で、今までの薄暗い印象は一気に吹っ飛んでしまった。
だが相変わらずあのくすくすという笑い声は続いている。
その声はまるで、花の中から響いているかのようだ。

と、それを見た親分は完全に相手の正体を掴んでこう言った。
「わかったぜ、植物の化け物だから自在に罠を仕掛けられたんだな」
それを聞いて観念したかのように笑い声が止む。
代わりに花畑の花たちは根っこを足のように出して、もぞもぞと動き始めた。