■ 百鬼夜行

「親分、このままじゃ大変ですよ」と言うのは乾分のハチベ。
「なんでえ、また大変の大盤振る舞いを始めるのか？」
「いや今度は本当の大変、一世一代の大変ですよ」
というマニー親分との掛け合いも聞き慣れたものだ。

ハチベがそんなことを言い出したのは薄暗くなり始めた道行きの途中で、
お城の裏手にある小高い山へ偵察に出ているところだった。
相変わらず御城下のおかしな噂話しを集めているハチベは、
この山にまつわる恐ろしい話しも存分に仕入れていたのだ。


ハチベによるとこの山には多くの物の怪が棲んでいるらしい。
それは晴れた日の昼間には一向に現れるものではないが、
曇ったり靄が出ていたりするとその薄暗い中から現れるということだ。

特にハチベが恐れているのはその物の怪の数だった。
薄闇の奥からこっちへ来るというのは身の丈十尺もあろうかという大入道から始まり、
狼や熊のでかいのから、果ては鳥や虫に至るまでことごとく巨大なものらしい。
そんなのが真っ黒な影のように固まってもぞもぞと近寄ってくるということだ。

「まるで百鬼夜行だな」と聞き終わって親分。
「そうなんですよ、それでほら、あれ」とハチベが顎で指した先は、
山もだいぶ高くなって靄がかかり始めている登り道だった。


「好都合じゃねえか」と進む親分は怖いもの無しだ。
一方で怖いもの好きの怖がりであるハチベは恐る恐るついてくる。
「お前の話しはいつものことだが、結局最後まで確かめた奴はいねえんだろ？」
「そりゃまあ、そんな化け物が出たら逃げ出しちまいますからね」
「いつものことさ、幽霊の正体見たりなんとやらだ」
「それなら良いんですがね…」
などと言いながらすでに随分高いところまで登ってきた。

と、親分は見通しの良い崖に出たところで空を指差した。
「俺の勘じゃ、あれが関係ありそうだぜ」と沈みかけた夕日を示す。
「こういう靄に強い光が当たると、小さい生き物の影もでかく映るんだよ」
と流石の智慧を披露した。

後ろのハチベも「へえ、そういうものですかね」と感心している。
実際に濃くなってきた靄の中でうっすらと何かの影がゆらゆらとしていたが、
それは夕日の手前にある樹の影だというのがわかったのだ。



今回はこれであっさりと一件落着、と思ったら大間違い。
実はここでマニー親分は大きな縮尻をしていたのだった。

さっき指差した夕日の方角が、実は西じゃなかったというのはまさにお天道様も知らねえことだ。
それは親分たちに向かってその夕日、じゃなくて燃え盛るでかい鳥が突っ込んできてわかることだが、
そん時にハチベが若干焦げたってのはもうしばらく後のお話し。