そう言って、アジュガは瞳を輝かせる。
この娘は、知らないことが多すぎる為か、その分新しい情報を得たときの喜びようも大きかった。
まるではじめて見る生き物を見つめる鳥の雛のようだ、とカリンカランは思う。

わたわたと楽しそうに、アジュガは手を差し出しす。
それを見たヴィツは、諦めたように彼女の指の上に掌を置いた。
先日も散々カリンカランにこれをやられたのだ。諦める心もとうに落ち着いていた。

にぎにぎと、アジュガは親指と人差し指でヴィツの掌を握る。
小さな彼の白い手は、この二本の指に収まってしまうほどに、同様に小さい。
それでもその手からは、確かな暖かさを感じられた。

対するヴィツは、アジュガのその指に触れて、怪訝そうな顔をしていた。
カリンカランは、昨日今日と手を握られ続けて嫌気が差したものかと思っていたが—。
どうも、違うらしい。
その小さな掌で、アジュガの白い掌を包む。

それを聞いたカリンカランが、えっ、と声を漏らす。

その少女の掌は、そう冷たいと表現できるようなものではなかったはずだ。ヴィツの体温が高いのならばそういう表現も出てくるのかもしれないが、自分が感じた彼の体温も、そう特別高いものとは感じられなかった。
アジュガの体調が狂うなど、まず無いことだ。
彼女の身体は生ける死体のようなもので、満ち満ちる自然の力によって動かされているに過ぎない。
外傷はあったものの、その代わりに体調が狂うということは、今まで一度も無かった。

カリンカランがヴィツのもう片手を振り切り、アジュガの指に触れる。
その指は、しんと冷たく感じられた。

そう言うと、一礼をしてからアジュガは二人の元を去った。

昨日、というと、丁度フラウと契約した頃になる。
カリンカランに嫌な予感が走る。
だって、前の契約者だってほとんどそれで—。
それでもやはり腑に落ちないことはあった。
彼女は『彼女』と違って、ベルエトワールと妖精達に生かされている、人ならぬ人なのだから。

アジュガはその身体を、有り余る自然の力で動かされている。
生かされている。
ゆえに皮肉なことに、その生命力は自然のある限り、通常の人間よりもずっと、ずっと多いはずなのだ。
花畑が潰えてからどれだけの時間が経過しただろうか。
ネクターの園が復活せずとも、丘の野の花は次第にその力を取り戻しているはずである。

それがアジュガに、還元されていないということになる。

今の彼女のエンブリオ契約数は、ベルエトワールを含めて八。
彼女と約束した上限の十という数は、彼女が健康ならばという前提の話である。
もしも彼女が今、普通の人間よりも弱っている状態にあるならば？
カリンカランに嫌な予感が走る。それが、とまらない。
帰りが遅い。

がさがさと草むらをかき分けて進む。
パーティの集まっている方に少女はいるはずである。
その方向に向かって、できる限りの速度を出して二人は駆け抜けてゆく。

アジュガは、あっさりと見つかった。
ガノエルたちのいるところまで、たどり着くことが出来なかったのだろう。


その少女は、血を吐きながら小さな流れの傍に倒れこんでいた。

回復魔法をカリンカランが施す横で、ヴィツが額の汗をぬぐう。
それで体調は少し落ち着いたようであったが、自力で立つことが叶わなかった。
キョンシーを呼び寄せてアジュガを呼び寄せながら、カリンカランは考えていた。
—自分の犯した罪について。

そう言いつつ少し嬉しそうである。
　

ちりりりんと鳴らされた鈴の音を聞いて店員が寄ってくる。
メニューのコーヒーと紅茶、クッキーを指差すとマキリは少し考えもうひとつ注文し店員は下がっていった。
　

少しだけ、慨嘆するような響き。
それからアジュガの問いには頷きで肯定を返す。

お前は違うようだな、と、そうアジュガに視線を向けた。