剣に対して剣で応じるのは簡単だ。
　言葉に対して言葉で応じるのも難しくない。
　しかし可能であることは、正しいとは限らない。
　そして私にできないことを選ぶ君は、間違いなく正しい。

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　広がる平原がある。
　平原には一本の線が走り、それはどこまでも続くかのように伸びていた。
　その線は人々の往来で踏み固められた街道だ。
　馬車の轍も残っており、通行が頻繁であることを示している。
　街道から少し離れたところには、奇妙な一団の姿があった。
　革や毛皮を中心とした衣服に身を包む彼らは、少なくとも街中で見かけるような格好ではない。
　彼らは武装しており、そのほとんどは石や骨を加工した原始的なものだ。
　鉄器で武装した者もいるが、それはほんのごく一部だけ。
　彼らは本来、王国にも属さぬ民。
　山野と共に生き、文明と交わらぬ少数民族。
　人の世と関わらぬが故に、一族としての名を持たず、ただ山の民と呼ばれる部族だ。

「連邦制ねぇ……」

　そう呟いたのは、部族の中では唯一、街の市民と同じような服装をした青年——アシリアイノだ。
　彼は少年の戦士から報告を受けており、

「よく分かんねぇけど、それは国をいくつも作るってことでいいんだよな？」

「だと思うけど……」

　問われた少年は、やはり彼自身よく分からないのだろう、歯切れ悪く頷いた。
　この少年はハロルド・フロックハートとの連絡役を任されていた。
　そしてハロルド経由で伝えられた暫定議会の動向は、アシリアイノの予想にないものだった。

　アシリアイノは実のところ、アムルイに一定の評価を持っていた。
　最初にアムルイが目指した共和制は、認めこそしないが一理あると思ったものだ。
　平等には程遠いが、権力を分散させ、民にも権力を持たせるやり方には納得がいく。
　それではまだまだ、特別な者が存在してしまうが——王国よりはマシだと思える。

　だが、連邦制というのはどうなのだろう？
　様々な国の在り方を認め、多様性を持たせる制度なのは理解できる。
　しかしそれは、まだしも共和制にはあった平等性を諦めた制度ではないだろうか。
　場合によっては連邦という枠組みの中で、王国すら残ってしまう。
　そんな馬鹿げたことは到底認められない——それがアシリアイノの感想だった。

「とはいえ、仕掛けるにはまだ時期が悪ぃんだよな……」

　呟いて、現状を考える。
　現在、アシリアイノを中心とした部族は、散発的に一揆へ横槍を入れているだけだ。
　ゲリラ戦術と言えば聞こえはいいが、拠点を構えて張り合う地力がないだけである。
　一揆が少しでも長引くようにしてはいるものの、やはり数が違い過ぎる。
　情勢としては一揆衆が優勢なのは間違いないだろう。

　問題はそれだけではない。
　部族はアシリアイノに欺かれているだけで、彼と同じ目的を持っているわけではない。
　そして彼らは、族長を討たれたことで、アムルイ討つべしとの声が大きい。
　どうにか誤魔化して従えているが、このままでは離反を招きかねない。
　何かしら手を打つ必要があるが、まだアムルイと戦うわけにはいかない。
　極端な話——彼らではもう、アムルイと勝負にならないのだ。

（族長も結構な怪物だったが、今のあいつはそれ以上だからなぁ。
　噂を聞く限りじゃ、三倍の数を揃えたって敵わねぇぞ）

　半ば嫌がらせで、ハロルドの手駒を刺客として差し向けてもいるが、結果は返り討ち。
　一揆の最前線に立つ者と、そうでない者に差があるとしても、どうかし過ぎている。
　どう考えても、あれはもう人の領域に収まっていないではないか。
　天賦の才があるのは分かり切っていたが、短期間でこれほどの怪物に化けるとは誰も思うまい。

　いつかは戦わねばならない相手だが、それは今ではない。
　今挑んだとしても、無為に戦士の数を減らすだけだろう。
　否、多少の被害は望むところだが——恐らく仇敵を前にして、戦士は一人として退かないだろう。
　ただ全滅するだけなど、彼の望むところではない。
　彼が望むのは、あくまでも全てを巻き込んだ共倒れ。
　勢力が一つ消える程度では、慰めにもなりはしない。

（いや——けどアムルイを避けてるだけじゃ、こいつらも痺れを切らす。
　だったらここは、アムルイの縄張りを攻めてみるか）

　そう思いついて、アシリアイノは考える。
　連邦制の噂が耳に入ったということは、水面下である程度はそれが進んでいるということだ。
　ただの夢想の段階であれば、噂になるほど広まるわけがない。
　そして今回は、商人に頼った共和制とは違う。
　様々な国家を望むのだから、商人以外も——王国貴族を表立って取り込み始めている筈だ。

（狙うとしたらそこ、か。
　出鼻を挫いてやりゃ、あっちの動きだって鈍る。
　こっちのガス抜きにもなるし、あっちがまとまる前に不和を招ける）

　有力貴族はともかく、地方の弱小貴族程度ならこの人数でもどうにかなるだろう。
　仮に有力貴族を相手にしなければならないとしても、ゲリラ戦で削るだけなら問題ない。
　とにかく結果さえ出してしまえば、様子見をしているような貴族へも充分な脅しになる。

（——よし。軽く探りを入れたら、暫定議会派の貴族を叩いてみっか。
　上手く行けば、こっちに取り込める貴族もいるだろうしな）

　そう結論付けると、彼は連絡役の少年に今後の指示を出す。
　自覚がないだけで——アシリアイノには、戦術レベルでの指揮官の才能があった。
　大局を見据えた軍師の才能があるかどうかは、今後の結果が証明するだろう。
　ただ、一つだけ確実なことがあるとすれば。
　破滅を望む彼には、英雄の素質も、為政者の素質もなかった。

空手形を切る、と言った辺りから表情がひきつっている。
それだけの覚悟がある、というつもりだったがそうとは伝わっていなかったらしい。

損はしたくないんだけどなぁ、と小さく呟いてから白雪はアムルイを正面から見つめる。

グレンダの場合は考えるのが苦手なのではなく、「本当の意味で物を考えたことが無い」という方が正しいだろう。
彼女がこれまで暮らして居たのは、何もかもがずっと変わらない箱庭のような世界であり、その必要が無かったからである。
ただそれをアムルイは知るはずも無い。

少し。ほんの少しだけ、シアンは驚いたような顔を見せた。

これは、大げさな表現でもなんでもない。
シアン、コードネーム「魔弾の射手」。彼女に求められたのは「人間」ではなく、あくまで「魔銃のパーツ」と言う一点のみ。
魔銃を扱える数少ない射手である、と言う価値はあったが、詰まる所魔銃のトリガーを引く事が出来れば、別に人間である必要すらない。
そう言う世界が、シアンの育った世界だった。

でも、と、否定の言葉を繋ぐ

小さく、決意と希望を口にする。それだけでも、「魔弾の射手」時代にはあり得なかった事だ。
そんな彼女は、小さく。本当に小さく微笑んで貴女に向き直り

そんな決意を、改めて表明した。