手に入らないものを欲しがって。
　何も掴めないことを謙虚と呼ぶか、強欲と呼ぶか。

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　サイラスは問いかけの言葉を投げてから、待つように口を閉じた。
　彼がアムルイに問いかけたのは、嘘偽りのない本音だ。
　もちろん領地に帰れば後継者たる息子もいるし、未来のことをまったく考えていないわけではない。
　だが彼の命は、最早いつ燃え尽きてもおかしくない状態にある。
　そんな有り様で、どうして自分個人の未来を考えられようか。
　彼が思う未来とは、自分が死去した後の世界だ。
　見ることも、関わることもできない。
　次代に託し、遺すことしか彼には選べないのだ。
　だが誰に託し、何を遺すか——それを選ぶことだけはできる。
　そうして彼は未来のために失われる。
　ああこれなら大丈夫だと、そう思って死ぬために、だ。

「……それは、死ぬための理由が欲しいってことですよね？」

　正面、確かめるようにアムルイが問う。
　確かにそれも、サイラスの問いかけの本質の一つだろう。
　この理由なら死ねると思えなければ、死のうとは思えないものだ。
　だからサイラスは頷き、それは間違っていないと伝える。

「そういうことにも、なるのだろうね。
　僕ら貴族は結果がどうあれ——今のままではいられない」

　元より新王派が勝つのであれば、貴族に未来はない。
　ネクターの独占によって肥大化した王の権力は、貴族を必要としないだろう。

「君の唱える連邦制と、その中での封建制の存続……そして共和制国家への、貴族の子弟の政治家としての受け入れ。
　それらが上手く行ったとしても、そうなるために貴族は一度、死ななければならない」

　現王国では血筋によって、貴族で在ることの正当性を得ている。
　しかし連邦制が成立した時、貴族は民に対して今一度、貴族で在る正当性を示す必要がある。
　言わばそれは、もう一度貴族になるという行為だ。
　そのために必要なのは、民の支持を得ることだ。

「どんなに上手く行っても、失敗する貴族は出るだろうね。
　情けないことではあるけど、富や権力にしか興味のない貴族だっている。
　ひょっとしたら民のためを思って、自ら貴族であることを辞める者もいるだろう」

　必ずしも貴族は必要とされるとは限らない。
　そのことを認めた上でサイラスは、

「君が目指すものは、本当に必要なのかな？」

　だからこそ現状維持でもいいのではないかと、当然の疑問を投げかける。
　彼自身がそう思っているわけではないが、これは必要な問いかけだ。
　示すべき正義も、死ぬための理由も、結局のところは正当性の有無にある。
　正当性もなく理想を求めれば、それはアムルイ側の主観による物言いだ。
　他者——特に貴族を代表とする既得権益層は、決して納得しないだろう。
　そういった者をも納得させる正当性が、今は必要とされているのだ。
　しかしこの問いかけに対し、アムルイが頷くのをサイラスは見た。

「逆に問いますけど——現状維持って、できるんですか？」

「む……」

　問われ、それはどうだろう、とサイラスは思う。
　この場合の現状維持とは、新王を排した上で今の国家を存続させることだ。
　前王の王女を即位させるのが妥当なところではあるだろう。
　現状維持を可能とする方策はそれしかない。
　だがそれに納得しない者も、それなりの数がいるだろう。
　連邦制のことを抜きにしても、王家の権力を分割するべきだという流れはきっと生まれる。
　分割された権力は、今度は誰がそれを手にするかで争いの火種になる。
　正面衝突か、あるいは暗闘か。
　いずれにせよ王家は弱体化し、国は疲弊を免れられない。

「……まったく元通り、というのは難しいだろうね。
　けれどそれは、他の手段よりはまだマシじゃないかな？」

「でも、その場合——たぶん戦死者が、一番多くなります」

　いいですか？　とアムルイは前置きをして、

「現状、一揆は王城とその城下町を中心に行われていますよね？
　それは中央への富の集中も、同時に引き起こしているんです。
　一揆が始まった当初と比較して、ここでは貨幣価値が急速に下落しています」
　
　それは商人であれば、誰もが認める事実だ。
　数が充分ある品物に関しては、まだ以前の価格を保つことができている。
　しかしそうでないものや、技術に支払う対価は、信じられない速度で上昇している。

「この現象の背景には、中央で流通している貨幣の増加があります。
　物に対して貨幣が余りだしていて、貨幣価値が下落しているんです」

　そしてアムルイは、隣のラッセルに顔を向けた。

「確認するけど、この増加した貨幣は外から流れてきたものだよね？」

「うむ。一揆は——戦争は巨大な消費市場だからね。
　商人に限定せず、人や物が中央に流れた結果、外に流れる富が減り、中央に偏ったのだよ」

「——つまり、他の地域では金と物がない、という状態だよね？」

　ラッセルが肯定するように頷くのを見て、アムルイは改めてサイラスに向き直る。
　彼女は真っ直ぐにサイラスの目を見て、

「これは現状維持を望んだ場合、もっと悪化するんだと思います。
　サイラス卿もお分かりだと思いますけど、現状維持を望めば、次の権力者を決める争いが起きます。
　……その場合、争いの舞台は中央のままなんです」

　そして、

「富の集中は緩和するどころか加速し、各地はいよいよ貧困することになります。
　市場に金も物もない以上、物の値段は高騰し、公共事業や医療も停滞します。
　解決するには金の流通を増やすしかありませんが、そのためには何かを生産する必要があります。
　ですが戦時下で——金も物も不足する状況で、そんなことはできません」

「もし、そうなれば——」

「貧困は真綿で首を絞めるように、民をじわじわと殺していきます。
　民を最も犠牲にするのが、現状維持という道なのは間違いありません」

「だけど連邦制で、それを阻止することができるのかな？
　現状維持の利点は分かりやすさだよ。
　どうすれば争いが終わるか、着地点がハッキリしている」

「確かにそれは利点だと思います」

　アムルイは頷き、でも、と言葉を続けた。

「それは争いが終わるまで、途中で抜けられないということでもあります。
　連邦制ならば、途中で抜けることができます。
　争う力がなければ、他の貴族の庇護下に入るという道や、複数の貴族で手を組むという抜け道があります」

　そして勢力圏が生まれるということは、

「同時に中央への富の一極集中も回避できます。
　各地の貧困を緩和し、場合によっては地域の発展にも繋げることができる」

　そこでアムルイは一度言葉を切り、目の前の机を強く叩いた。
　乾いた音が浸透するのを待ち、彼女はこう言った。

「何より！　サイラス卿は私に正義を示せと仰いました！
　失われ、切り捨てられるものに正義を示せと！
　——ならば犠牲を減らす道の模索と努力を以って、まず私の正義とする！」

　強い言葉は同時に、自らを鼓舞するためのもので。

「次に貴族が民へ無用の犠牲を強い、あくまでも現状維持を望むならば、それを悪として非難する！
　貴族とは本来、民の支持を得て、民とその生活を守るためにある！
　それが自らの民を害すというのであれば、これを悪と言わずして何とする！」

　それがアムルイ側の大義名分と正当性だ。
　民の犠牲を避け、現状維持を望む貴族は悪だと非難することができる。
　サイラスはそれに頷きながら、しかし問う。

「なるほど、君の言い分はもっともだね。
　けれど君のやり方でも、争いと犠牲は避けられない。
　現状維持よりも民の犠牲は減るとしても、だ。
　その争いで失われるものを、君はどう納得させる？」

　必要な犠牲だと、割り切らせることはしない。
　確かにそれが必要な場面もあるだろう。
　しかしお題目はせめて、綺麗事でなければならない。
　アムルイは問いに頷きながら、数瞬、言ってもいいものかと逡巡した。
　相手がサイラスだけならば、時間をかけて説得することもできるだろう。
　衝突を生むような真似を、あえて冒す必要はないのではないか、と。
　だが、それでは駄目なのだとも思う。
　サイラスは正義を示せと迫っている。
　正義とは傷付くことや、傷付けることを恐れるようなものだろうか。
　明確で、雄々しいものをこそ、正義と呼ぶべきではないのか。
　だからアムルイは腹をくくり、

「貴族には、力ある貴族の庇護下に入ることを。
　民には自らが望む場所へ移住することを、救済策として提示します。
　それを拒み、あくまでも争うのであれば——」

　一息。アムルイはサイラスを見据え、こう言った。

「それは最早、切り捨てられる犠牲者ではなく。
　明確な意思を以って相対する、対等な敵です。
　対話にせよ武力にせよ、相対による決着を以って双方の納得とします」

　ただ切り捨てられ、ただ失われるものはそれでいなくなる。
　戦い、抗うことで、何かを残すこともできるだろう。

「故に私は失われ、切り捨てられるものに、己を示す戦場を以って彼らへの納得とする。
　その結果が死であるというのなら、それを名誉ある死へと変えることで正義とします！」

「——成程、詭弁だね」

　サイラスは笑みを見せて頷き、そしてアムルイへと手を差し出した。

「その詭弁を正義だと言い切る覚悟、確かに見せてもらった。
　ならば君は詭弁を掲げ、正義の名の下に諸侯を納得させなさい。
　ひとまず僕は——ここで手を交わすことで、自らの納得としよう」

　アムルイは差し出された手を握り、

「サイラス卿。今後ともお力添えをお願いします。
　あなたが失われるのは、まだ早いと思いますよ？」

　微笑んで告げた言葉にサイラスは苦笑した。

「命を余さず使い切れ、ということかな。
　手厳しいことだ……できる限りの努力はしておくよ」

　——こうしてアムルイは、サイラス・ウォーカーの後押しを得た。
　貴族としての彼が持つ力は、状況を左右するほど大きなものではない。
　だが貴族がアムルイを認め、暫定議会を正式に後押しすることになったのだ。
　それは国内の貴族にとっても、少なからぬ衝撃を持って伝わることとなる。

　そうつぶやいた後、アムルイの手を握り交わし

　跡継ぎの事について聞かれると、フーキは左手を顎に当て少し考える。

　その自信の無さには、フーキが実際にその貴族達の実務を良く見たことがないのがあった。

確かにそんな世界ならば、やりようで如何様にも利益を出すことができる。
白雪のようなギルドへの繋がりも技術もない白雪でも成功はできるかもしれない。
何より商人には特有の新しい物が見れるという好奇心もある。

あくまでもその対応は余所余所しい。儀礼的とも言える。
どうやら白雪は君の言うことを余りアテにしていないようだ。
その対応いぶかしんだ君から察したのか、目の前の商人は続ける。

自分の出した質問に答えるアムルイをじっと聞いて居た文が口を開く

文は、本当に残念そうにいう、商人の子と一緒に居るうちにそういう気質でも移ったのだろう

そう言うと、文はアムルイの目をじっと見据えている。
そして、しばらくして、ふと文が口を開く

そう言うと、文は「よろしく」とアムルイの手を握る

そう文は軽く冗談を言いつつも、アムルイには生産者たる民の協力者が果たしているのか、それを探っているようなそんな口調であった