セリーナと別行動での調査を終えて、セリーナの待つ女神の園へ向かい、合流する。

調査の結果は、枯れた土地では無事に地下水路の入り口を見つけ出す事ができた。
グリーンパレスでは時間が足りずにあまり奥まで調査はできなかったものの、奥へと通じる道は発見できたので、近いうちに調査の続きをすればいいだろう。

セリーナはこの女神の園で目撃された二人組についての情報を集めてくれていた。
だいたいの居場所も特定できたが、ここからはまだ少し遠いとの事なので、もう少し女神の園を調査してから別の場所へと向かう事にした。

女神の園を歩きながら、セリーナが笑顔で話しかけてきた。

僕もつられて笑顔でこたえる。


このままのんびりと話しながら進めればよかったのだが、そう上手くはいかないようで、行く手を遮るように敵が現れた。
遭遇した敵は、王国軍の者ではなく、このあたりに生息する動物たち。
ラッコが2匹とアヒルが1匹。
そう数も多くはないし、動物相手だ。
僕が前に出て敵の攻撃を防ぎながら、僕の剣とセリーナの魔法で片付ければいいだろう。
そう考えながら剣を抜いた僕が、その考えが甘かった事に気付いたのは戦闘開始直後だった。

手に持った貝で殴りかかってくるだろうと思っていたラッコたちが2匹とも、すごい勢いでセリーナに向かって貝を投げつけはじめたのだ。
剣と盾で貝をいくつか弾き落としはしたものの、何せ数が多すぎる。
大量の貝がセリーナに直撃し、鈍い音が響く。
鎧と護りの力で身を固めている僕ならともかく、軽装のセリーナにとっては貝といえどあの勢いで投げつけられれば十分な凶器となる。

セリーナを護ろうにも、あの大量に投げつけられる貝を剣と盾で全て叩き落とすのは無理がある。
それならば、別の手段で防ぐしかない。
今すぐに取れそうな手段は、風の力で貝を押し返して防ぐ事くらいだ。

辺り一帯に吹き荒れる風は、貝を押し返して動物たちに手傷を負わせる。
だが……、

確実に全ての貝を押し返そうとするあまり、強い風を起こしすぎたせいで、セリーナを巻き込んでしまった。

セリーナは一度回復魔法をかけた後、すぐに攻撃魔法を敵に撃ちこむ。
できればもう一度回復魔法を使って傷を完全に癒してほしくはあったものの、守りにまわってばかりでは敵を倒せないのも事実だ。
敵の攻撃を止めたいのならばさっさと倒してしまえばいい……と、敵に向かって剣を構え直した僕の目に映ったのは、アヒルが回復魔法を使い、あっという間に傷を癒していく姿だった。

後方にいる防御の薄い相手への集中攻撃に、強力な回復魔法。
こういった相手は大火力で一気に殲滅するのが有効な手段だが、護りと癒やしに長けている分、攻撃能力はさほど高くない僕とセリーナではその手段をとるのは無理がある。

ラッコが投げつけてくる貝は数に限りがあるからそのうち尽きるだろうが、あのアヒルの回復は途絶える事が本当にあるのかはわからない。
だが、今すぐに倒せるだけの攻撃ができない以上は、耐え続けて、急所を狙える隙なり、回復が途絶える瞬間なりを待つしかない。
待つしかないのだ。

焦りで手元が狂う。
セリーナに飛ばすつもりの回復魔法が、大きく軌道を逸れて敵に吸い込まれていってしまう。

自分に言い聞かせるように叫びながら剣を振るう。
手応えはあっても、敵の命にまでは届かない。

セリーナは回復魔法で何とか耐えてはいるが、ラッコの貝がそろそろ尽きてもおかしくはないとはいえ、このまま耐えきれるかどうかはわからない。

ラッコが辺りに落ちている貝を拾い始めた。
ラッコの周囲に落ちている貝は、僕が風を使って押し返したものだ。
僕が余計な事さえしなければ……。

一度の攻撃しか防いでくれないのであまり意味はないだろうと思いつつも、セリーナの周りに魔法で障壁を張る。
ラッコが投げつけてきた貝は、障壁を叩き壊しながらセリーナに襲いかかる。

セリーナは回復魔法を使い何とか耐える。
次の攻撃に耐えるべく、もう一度回復魔法を……

セリーナは何故か、回復魔法を中断し、アヒルに向かって攻撃魔法を飛ばす。
魔法はアヒルに命中し、アヒルの動きを鈍らせるものの、威力が低すぎて倒すには至らない。

慌てて僕が回復魔法を使おうとするが、間に合わない。

ラッコの攻撃に耐え切れずに、セリーナはばたりと倒れてそのまま気を失ってしまった。


僕と一緒だと安心できると笑顔で言っていたセリーナを、僕はこんな動物どもの手からですら護る事ができないなんて……。

怒りに任せて、目の前の敵に向かって剣を振るい続ける。
ラッコが反撃はしてくるものの、貝を投げつけたところで、貝を持って殴りかかってきたところで、僕の命には届かないどころか、護りの魔法とゴレムの加護に阻まれてまともな傷ひとつすらつける事ができない。

叫びながら、ただただ斬りつける。
何度も、何度も……。



最後まで動いていたラッコがとうとう、地面に崩れ落ちるように倒れる。
邪魔する者がいなくなったので、急いでセリーナに駆け寄り、助け起こそうと手を伸ばす。
その時、視界に入ったのは、僕の手。
真っ白な手袋が、血で真っ赤に染まっていた。

こんな血まみれの手でセリーナに触れてはいけない。
慌てて手袋を脱ぎ捨て、荷物の中から新しい手袋を取り出して身につけてから、セリーナをゆっくりと助け起こした。

助け起こした僕を見て驚いて声をあげるセリーナ。
血のついた手袋は脱ぎ捨てたのに……と思っていたら、顔からぽたりと血の滴が地面に落ちる。

荷物の中から布切れを取り出し、顔についた血を拭う。
僕の顔に傷がないのを確認して、セリーナはほっとした様子で小さく息を吐いた。

ラッコが貝を拾い集めはじめた事で、すでに投げる貝が尽きている事にはセリーナも気付いていたはずだ。
あと一撃耐えれば何とかなりそうな状況で、何故、回復魔法を中断してまで攻撃魔法を放ったのか。
それがどうしても理解できなかった。

敵のいる最中で気を失って無防備な状態になるという事がいかに危険なのかは、セリーナもわかっているはずだ。
それなのに、僕を信じて、セリーナは……。

苦し紛れに見えたあの最後の一撃にも、そんな意味があったなんて……。

言いたい事はたくさんあったが、どうしても上手く言葉で表しきれない。
結局、口に出せたのはその一言だけだった。

セリーナは荷物の中から小屋を作り出すマジックアイテムを取り出し、その場に設置した。
重い足取りで小屋に入り、ベッドに倒れこむようにそのまま眠りに落ちていった。

　　　　　　　　いつもへらへらとだらしない男が真面目な顔つきで言う。
　　　　　　　鋭い眼光が投げかけられ——