その日、私は近くに来たついでにセレンちゃんに顔を見せようといつも通りに山道を進もうとしていた…のだが。

「強盗団…ですか？」
「ああ、ここいらに最近になって異種族の強盗団が出没するようになったらしい。それで、我らが王立警備軍がこうして検問をしているわけだ。」
「はあ…あの、ここを通してもらうわけにはいきませんか？」

身分を証明する為に冒険者協会手帳を見せながら質問する…が。

「駄目だな、異種族は一切通すなとの人王様からの御触れだ、さあ帰った帰った。」
「…あの、何日くらいで検問は解除される予定ですか？」
「わからんな、明日かもしれんし長くても…そうだな、件の強盗団が捕まるかどこかに行くまでは続くだろうな。」
「はあ…わかりました。」

…どうやら私はここではあまり歓迎されていないらしい。
私は来た道を引き返すと近くの町へと歩き出した。

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　・

「っははは！そいつは災難だったな！」
「もー…笑い事じゃないですよ、おかげでこっちは無駄足踏んだんですから。」

夕暮れ時、私は近くの町の酒場で食事をとりながらマスターと先ほどのことを話していた。
こんがり焼いた鶏肉を熱い鉄のプレートの上に乗せ、上からトマトソースとチーズをかけてトウモロコシが添えてある…いわゆるチキンステーキだ。
不機嫌そうにナイフとフォークを動かす私をマスターは笑いながら空いたグラスに水を注ぐ。

「王警の連中はそもそもお前ら冒協の連中とソリが合わないとこもあるからなぁ…とはいえ強盗団か…」
「なにか知ってるんですか？」
「あー、いや、丁度手配書があってな。噂だと窃盗から殺人、誘拐…とにかく何でもやるらしいぞ。」

そう言って差し出された手配書に目をやるといかにも凶悪そうな狼の獣人の似顔絵が描かれている。

「うわぁ…なんだか『いかにも』って感じの顔ですね…」
「まったくだな…ともかく暫くは仕事も無いんだろ？だったらここに泊まっていくといい…もちろん金はもらうがな？」
「そうですね、安くしてもらえるなら泊まってあげないこともありませんよ？」

軽口を叩きながら食事代と宿泊費をカウンターに置くと部屋へと歩き出した。
暫くは賞金稼ぎも悪くない、そう思いながら部屋にたどり着くとそのままベッドに倒れこむ。
フカフカ…とは言いがたいが少なくとも寝袋よりはマシな柔らかさに包まれ、私はそのまま泥のように眠りについた。

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　・

『—きろ、おい、—ア、おきろ…ルア、おきろ』
「んー…ぁ、どうしたんですか？こんな時間に…」

私はまだ覚醒しきれていない頭を起こすように目をこすりながら欠伸をした。
マスターはそんな私の様子にはおかまいなしに言葉を続ける。

「その…ついさっき王警の連中が来てな…例の強盗団が出たらしいから外出を控えるようにとのことだが、もうひとつ厄介なのが…
その強盗団が出没したのが、おまえさんがよく足を運んでる村らしい。」

瞬間、私の脳天をハンマーで叩かれたような衝撃が走り一気に意識が覚醒する。
わけもわからずマスターにつかみかかり問い詰める。

「…っ！それってどういうことですか！村は…セレンちゃんは無事なんですか！」
「わからん、王警の連中が言うには討伐隊を組織している最中らしいが…村に駐屯してた部隊がどれくらい踏ん張ってるかだな。」
「…私、助けに行ってきます！」

居てもたってもいられずドアへと向かう私の手を今度はマスターが掴む。

「落ち着け！外は王警の連中が異種族を探してウロウロしてるんだ…そんな中に飛び出して行ってみろ、一瞬で捕まってしまうぞ。」
「だったら！だったらどうしろっていうんですか！」
「だから落ち着けと言ってるだろ…ほら、これを見ろ。」

激昂する私をよそにマスターはこのあたり一帯の地図を広げる。かなり古いものなのかあちこち傷んでおり色々な印や走り書きがしてある。

「これは俺が昔使っていた地図だ、このあたりの色々な情報が書き込んである。」
「…えっと、つまり？」
「いいか、ここ…つまり俺の店だが、ここからあの村まで誰にも気づかれないで行けるルートがある。」
「！！」
「古い廃坑が近くまでつながっててな、とはいえ最後に立ち入ったのが何十年も前だから今でも繋がっている保証はない、それでも行くならこの地図をお前に貸し—」
「…ありがとうございます！」

私は言葉も途中に地図を受け取るとそのまま走りだした。地図の通りなら、おそらく一時間もあればたどり着くだろう。



「…まったく、まぁ、せいぜいうまくやれよ…」

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　・

小一時間は経っただろうか、私は地図の通り古い廃坑を抜けて村の近くの森を歩いていた。
森を進むと風に乗って何かの焼ける臭いが漂ってくる。村の入口までたどり着くと燃え盛る家々、倒れ伏せて動かない人間と獣人…そんな戦いの後が見て取れた。

「…っ、セレンちゃん…ビスマスさん…どうか、無事で…」

いつもの道、私がいつもセレンちゃんと歩いた道を私は走った。そして

「…そん、な。」

目の前には焼け落ちた家があった。炎はまだ燻り、ついさっきまで燃えていたことを物語っている。

「…ビスマスさん！」

家の前で倒れているビスマスさんに駆け寄り状態を確認する。
胸からは血が溢れ、呼吸からもヒューヒューと抜けるような音が聞こえている…素人目に見ても助かりそうにないほどの重傷だった。

「…やあ…ルア…か、はっ…！ハアッ…」
「喋らないでください！今助けます…！助けますから…！」

少しでも痛みを和らげようと止血用の布を取り出すとそっと胸元に押し当てる。
みるみるうちに布は赤く染まって行き私の手を濡らす。

「私は…いい…それより…セ…レンを…」
「セレンちゃんが…セレンちゃんはどこに…！？」
「…向こう…だ、ル…ア…どうか…セレンを…た…の……」

ビスマスさんは震える指先で森の奥を指し示すとそのまま動かなくなってしまう。呼吸も止まり、体温も消え失せ、もう二度と話すこともないのだろう。
私はそっと瞼を閉じて立ち上がると刀を力強く握り絞め、そのまま森の奥へと駈け出した。

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　・

月明かりの下、私は森を駆けて行く。幸いにも足元がぬかるんでいたおかげで追跡は容易だった。
数十分も経たないうちに私は村を襲った強盗の一団に追い付くことが出来た。

「な…なんだテメェ！一体…！」

—ザンッ

武器を抜き放つと同時に強盗の一人を斬り伏せる。
見たところ敵の数は四〜五人、馬車には村から強奪したであろう物品が積まれている。

「ヤロォ…！やっちまえ！」
「相手は一人だ！囲め！」

怒号と同時に武器を構えた強盗の一人が突っ込んでくる…が、動きが単調すぎて避けるのは容易だった。
体を半歩ずらし相手の勢いに合わせて刀の鞘で胴を打ちぬく。
胴を強打した強盗の一人が倒れると同時に別の強盗が二人、私に斬りかかってくる。
打ちぬいたばかりの鞘をそのうちの一人に投げつけ怯ませると、もう一人の顎を刀の柄で思い切り殴り上げる。

「たあっ！！」

向き直り、上段になっている刀をそのまま脳天へと振り下ろす、これで四人…後一人は。
視線を移すと周囲に人影はない、すでに逃げてしまった後なのだろうか。

「…っ、逃げられた…そんなことより！」

鞘を回収して刀を納めると馬車を物色する。荷台には大小さまざまな袋や箱が積まれており、中には人が入りそうなものもあった。
私はそのうちの箱を一つこじ開け、中身を確認すると、安堵の溜息を漏らした。

「…セレンちゃん、よかった。」

箱を覗きこむと縄で縛られたセレンちゃんの姿があった、特に外傷はなくおそらく…とても想像したくないが…奴隷として売るつもりだったのだろう。
セレンちゃんは一瞬怯えた目をしたが私だとわかるとすぐに瞳をうるませ泣きだしてしまう。
とにかく、このままには出来ないので箱からセレンちゃんを担ぎ出してその場を離れようと…したのだが。

「おい、テメェ…俺様の部下をずいぶん可愛がってくれたじゃねえか。」

後ろから声がした、振り返るとそこには目付きの悪いいかにもな…そう、昼間手配書で見た強盗団のボスの姿があった。
私は弾かれたように刀に手をかけ突進を仕掛けようとする、しかし。

「っとー、動くなよ？メス犬ちゃんよォ？」
「なッ…！」
「る、ルア…おねえ、ちゃん…」

いつの間にか、さっき逃した強盗の一人がセレンちゃんにナイフを突きつけながら立っていた。

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　・

迂闊だった、普段の私ならこんな挟み撃ちなんてすぐに気が付いただろう。しかし何としてもセレンちゃんを守らなければならないという意識がそれを邪魔していた。

「…その子を離してください。」
「まずは武器を棄てな、そうしたら考えてやるよ。」
「…っ！」

言われた通りに刀を放り投げ、武装していないことを示すように両手を上げる。

「さあ、これで——」

—ドスッ

刹那、私の胸に衝撃が走った。
思わず地面に膝をつく、見上げると強盗団の親玉がこちらを見下ろしていた。

「ルアおねえちゃんっ！！」

後ろからセレンちゃんの声が聞こえる、そのおかげかなんとか気絶せずに済んだ。

「か…ハッ、ゲホッ…ゲホッ…」
「オメェよぉ？俺様の部下をこんなにしてタダで済むと思ってるのか？ああ！？」

—ブンッ

親玉の鋭い蹴りが私の鼻を蹴り上げ、そのまま勢いに任せて仰向けに倒してしまう。

「が…っ！……なしてください。」
「あぁ？」
「その娘を…離してください…！」

鼻から流れ出した血を拭うとヨロヨロと立ち上がり親玉をキッと睨みつける。

「…気に食わねえ目ぇしやがって、俺様はな！そういう反抗的な目が一番嫌いなんだよ！」

言うが早いが親玉は懐からナイフを取り出すと逆手に持ち振りかぶる。
朦朧とした意識では足元もおぼつかず回避することができない。多分、数秒後には私は死体になって転がっているだろう。
数瞬が何十秒にも感じる、私は覚悟を決めるとセレンちゃんの方に向き直り

「——ごめんね」

そう一言だけ呟くと親玉へと向き直り瞳を閉じた。

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　・

『いやあああああああああああ！！！！！！』
『っ、おいこら暴れん…うわっ！』

—ドスッ

「…？」

私は恐る恐る目を開けた…その時の光景は未だに覚えている。

「…セ…レン…？」

目の前ではセレンちゃんが血まみれで倒れている。
私はわけもわからず這いずるように近寄り愕然とした、セレンちゃんの右目には深々とナイフが突き刺さり噴水のように血が噴き出している。

「っチ…おいテメエ！ちゃんと抑えてねえか！」
「す、スイマセン…！急に暴れたもんですから…」
「ったく、クソガキが飛び出してきたせいでせっかくのお楽しみが台無しじゃねえか。」

そう、セレンちゃんは私をかばって親玉の前に飛び出したのだ。
『私なんかを助けるために』その身を挺したのだ。

「ごめ…ね、ルア…おね…ちゃ…」
「セレンちゃん…セレンッ！」
「わたし…これくらいしか…できないから…」
「喋らないで…喋らないで…！！」
「うまれかわったら…ルアおねえちゃんみたいな…かっこいい…ぼーけんしゃ…に…」

そのままセレンちゃんは目を閉じると二度と開くことはなかった。
もうあの太陽のような笑顔も、泥だらけになって走り回ることもないのだ。

「……ごめんなさい…ビスマスさん、セレンちゃん。」
「あ？」

—ドスッ


私はセレンちゃんからナイフを引き抜くと立ち上がり、近くに居た下っ端の喉元に血まみれのナイフを突き立てる。
喉元からは血が吹き出し、服や肌を赤く汚してゆくがもうどうだっていい。

「…っ！」

状況を不利と見たのか、親玉が背を向け森の奥へと走りだす。
もちろん見逃すわけがない、私はナイフの刃を持つとそのまま投げつける。ナイフは吸い込まれるように親玉の背中へと命中した。
何か悪態をついている…がそれもどうだっていい、私は倒れている親玉の首元にナイフを押し当てそのまま勢い良く切り裂く。

「…ごめんなさい、でも私は…もう二度とこんな思いをしたくありません…そのためにはどうしても…
強くならないといけないんです…。ごめんなさい…セレンちゃん…ごめんなさい…ごめんなさい…。」



私は懺悔するようにその手と体を血で汚しながら、その場でいつまでも咽び泣いていた。