薄暗く陰鬱とした雰囲気を漂わせるンガイの森の中。
深く生い茂った樹々のすき間から、古い洋館がポツンと建っているのが見える。

重い扉を開けて中に入ると、長い黒髪の影のような女が出迎えてくれる。

そう言って深々と一礼すると、女は音もなくいつの間にか姿が消えていた。
さっきまで一緒にいたはずのメイド達も溶けてしまったように、どこにもいない。

誰もいなくなったホールには、どこからともなく夜鷹の鳴き声と、それに呼応する様に
野犬達の遠吠えが聞こえてくる。



そう、ここはダンウィッチホテル——



※注意事項※
森の中にある何の変哲もないただの古いホテルです。
節度と良識をもってどうかご自由にお使いください。
ただし、お客様同士のトラブルについては厳禁とさせて頂きます。
なお長期のご利用の場合はSAN値の残量にご注意ください。
地下室は立入禁止です　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　……ナカニダレモイマセンヨ？

※従業員※

>>ソルト様

メイドの一人に案内され、階段を上がっていく黒髪の女性の姿をじっと見つめる無機質な視線。

>>イシュメール様

キィキィ——無人の部屋から金属を擦り合わせるような不快な音が聞こえてくる。
それはまるで嘲笑うかのごとく徐々に、そして次第に大きな音へと変わっていく。キィキィ、キィキィ——

鬱蒼と茂る森の中を、一人の女性と連れ添う霧のような存在が突き進んでいた。

急ぎ足で森を進む２人？の前に洋館が姿を現す。
古びてはいるが朽ちてはいない。人の気配も感じられる。

霧のような存在。エンブリオ・シェイドのアルケウスは
直感的に 『この屋敷は危険』 と感じ立ち尽くした。
この物心ついて間もない若いエンブリオには屋敷から放たれる
形容し難い気配にただただ圧倒されるだけだった。

当然、放心する彼には、自身の監視対象がこの屋敷に興味を示し
従業員と思しき者と話をしているところも目に入っていなかった。

そう告げると彼女は洋館へと入っていってしまった。
しばらく心の葛藤と戦ったアルケウスは意を決して
姿を風景に溶け込ませながら監視対象の後を追いかけ
屋敷の中へと滑り込んでいった。

しんと静まり返った廊下には誰もいないはずであった。それはこの目で確認したはずであった。
だが、なぜか粘りつくような視線と、言いようのない寒気を感じる。

イシュメールは突如湧き上がった不安に戸惑い、暫しその場に立ち尽くしていた。

その時。

　ィ…　ァ…　……！　ゥゥ…　ォ…ォ…

階下からであろうか？　何者かの話し声らしきものが聞こえる。
だがそれは金属が軋むような無機質で抑揚のない気味の悪い声であった。

　ィ…　グン…　シシィ　ンンンンン…　ィァ…ィァ…　ゥォゥゥゥン…　グォ…　ォォォス…

階下からの灯がわずかに漏れる階段にそっと近寄ると、『声』はやや明瞭に聞こえるようになった。
機械的でありながら、何かの『意志』を感じさせるそれは、ますます不気味さを増していた。

じっとりと背中を湿らせながら、イシュメールは熱に浮かされたような心地で階段に足を忍ばせる。

踏み出した足音は想定外に大きなものであった。全身に電流が走る…！