「エオン先生、こんにちは〜」
かろん、と申し訳程度に籠った音を立てるドアベルを揺らして、工房の中にいるであろう人物へと声をかける。

工具やら色とりどりの鉱石やらが足元に散乱し、奥にはメルメルにはちっとも使い方の想像できない巨大な機械が鎮座する、相変わらず混沌とした工房に人影は見当たらなかったが、もう一度、先程より少し大きめの声で「エオン先生〜！」と声をかけると、奥の機械と機械の隙間からガタタッガコッ「痛っ！」という音が聞こえて来たのち、物陰からぴょこりと痩せた青髪の男が顔を出した。
エオン。魔導ゴレム、ツィノーバーロートの製作者であり、メルメルとトーリの先生だ。
そして、見た目は３０代半ばの人間だが、驚くことにこの男は曾祖母のメリニーメィルの友人であったという。ちなみに『草原の民』は一般的な人間より寿命が長い。

「おやおやおや誰かと思えばモートリットんとこのお嬢じゃあねえかぃ」
「はい、おひさしぶりです」
「老師、ご無沙汰申し上げる。相変わらず、部屋の片付けは苦手なご様子だ」
「何だとツィノーバーロートぉ、俺ぁちゃんと何処に何があるか把握してるぞ！」

つまりこの部屋は今片付いている！などと言い胸を張るエオンが、小言の多いゴレムの方を見やり、おや？と首をかしげる。

「おやおやおや？どうしたぃ、お前その左の足……ずいぶんと派手に破損したもんだ。俺の作品ともあろうものが、農作業でどんなヘマしたらこうも壊れるもんだぃ？」
「それがね、エオン先生。私たちいま村を出て……一揆に参戦しているんです〜」
「先だっての戦いで、撤退の折に執拗に狙われたのだ。この破損は修復可能だろうか」
「は…？なんだってまた唐突にそんなもんに首突っ込んじまってンだぃ…」

ぼりぼりと頭を掻きむしりつつ、ゴレムに作業台の一つの上へとのぼるように指示をし、破損状況のチェックをする。
その間、メルメルは不安そうにゴレムとエオンを交互に見やり、時折隣に置かれた機械のディスプレイがメルメルの知らない言語をずらずらと並べることに恐怖した。

「あんなぁ、作る時にもお嬢が契約をする時にも言ったはずだが、リスティス式ゴレムってのは『コア』が伝朱鉱石製の記憶媒体、外側の『いれもの』に演算や制御なんかの装置がくっついてんだ。
伝朱鉱石っつーもんはおっそろしく頑丈でそう壊れるもんじゃあねぇが、俺ぁ今のツィノーバーロートの『いれもの』を農作業させるために作ったんだぜ。熊やイノシシを追っ払う程度なら耐えられんこともないだろうが、それ以外の用途で酷使したら壊れるのは当然だろうよぉ」
「……はい」
「いやいやいや、別に怒っちゃいない。ただ、壊れちまったときにお嬢が…メリルと同じ思いをするのはちっと酷だと思っただけさぁ。
情報処理する部分が壊れちまったら、残念だが元には戻せねぇ。同じ『コア』を使用して新たに『いれもの』を作り直しても、そのゴレムは全く違うゴレムになっちまう。『記録』は残っていても、『思考』や『感情』は別物だ。……ああ、そろそろいったんスリープに入れよツィノーバーロート。分解すっから」

応、と一言声をあげてふっつりと特殊な工具と魔力によるロックをいくつか解除し、ゴレムのボディを形成しているパーツを一つ一つ外しては丁寧に並べていく。

「今回は足だけで済んだが、この先王都で争いごとに巻き込まれ続けるってんなら恐らくこんなもんじゃあ済まないだろうよ、メルメル。」
「わかってます。ハニさんも、私も、村を出る晩にちゃんとその覚悟はしてるんです。
それでも、知りたいことがあるんです。まだ旅をやめるわけには……」
「そうかぃ…」

切々と訴えかけるようなメルメルの声音に、エオンは一言返すと、しばらくは沈黙が広がり、作業台を挟んだ二人の間にゴレムの分解をする音だけが響いた。
足以外も分解が進み、とうとう普段頭部の奥に隠されているユニットが出てきた。
メルメルの手のひらにすっぽりと収まるほどのそれは、いわばツィノーバーロートと名付けられた魔導ゴレムの魂とも呼ぶべきパーツだった。

「お嬢はちっと見ない間に成長したなぁ。いや背は伸びてねぇけども」
「うぅ、酷いです先生〜」
「はっはっは、まあお前さんたちが覚悟の上で一揆に参加してんだったら、俺ぁそれ以上何も言わねぇさ。成長のご褒美としてこいつを戦闘に耐えられるボディに換えてやるよ」
「…えっ！？」
「言ったろ、今は農作業用に作ってあるって。お前さんも“メリニーメィルの孫”だからなぁ。絶対いつか村を飛び出して無茶をするだろうと思って外身の作製だけはしておいたんさ。仮想魔力炉も強化しといてやる。ゴレムってのは用途に合わせて調整するもんさ」

メルメルはふいに歪む視界に、目を瞬かせた。長いまつ毛が水滴を含んで、重い。

「ありがとうございます、エオン先生」

声は思ったより震えてなかった。嬉しかった。
突然荒事に首を突っ込んだことを怒るでもなく、事情を根掘り葉掘り聞いてくるでもなく、ただそっとサポートしてくれる。やるからには頑張れよと言われた気がして、嬉しかったのだ。

「ほれ、茶でもいれてこい」
「はい〜！」

リスティス式魔導ゴレム：ツィノーバーロートは、こうして生まれ変わる。

陽だまりの中で、ケット・シーが嬉しそうに身体をのばした。