Melntese冒険日記 七日目 「秋の始まりの陽だまりと、夏の終わりのペルセウスと」


星屑の小川で半裸の兵士を軽くいなしたメグにとって、広庭の花園を守護する黒甲冑の騎士など敵ではなかった。
水辺では敢えて避けていた第二属性の水魔法を試す余裕も見せながら、いつも通り稲妻を落として気絶して頂いた。

……「いつも通り」といっても、メグがまともに攻撃魔法を駆使できるようになったのもほんの二日か三日のことだった。
この世界に来た当初は、状態異常を迫る魔法と矛先が自分に向く魔法しか使えなかったというのに……。
その事実が大昔のことのように思えるほど、メグの上達は早かった。

元来、魔法使いの属性には得意・不得意がある。
無論、様々な属性の魔法を駆使して戦う魔法使いが圧倒的に強いのは確かだが、たいていは生涯のうちに一つの属性を極めるだけで終わってしまう。

それ故、あらゆる属性を兼ね備えた魔法使いは、いわゆる「虹色の魔法使い」「七色の魔法使い」などと呼称され、畏敬されるのである。

メグがそうであったように、熟練の指導者によるマンツーマンの指導においても。
或いは、エディンバラやカーディフにある魔法学校における教育においても。
まずは一通りの属性の初歩魔法を叩きこむことから始める。

その上で、見極めた自分の特性に従って属性に特化していくというのがオーソドックスな魔法の修練である。

日本人の父親と、アイルランド系英国人の母親の間に生まれた、或る一人の小柄な女の子。
本名 メグ・アディントン・橘高、また日本での別名 橘高めぐみは、昼下がりの陽だまりがとても似合う女の子だった。

ロンドン郊外の、柔らかな白い雲が遠くに揺れる草原。
頭の後ろで手を組んで青く高い空を見つめる少女はいつも、暖かいような少しひんやりした風と、柔らかい光に包まれていた。

或いは、日本のとある地方都市、休日の住宅街。
塀の上で眠る黒猫を見つめながら、いつの間にか自身もバルコニーのロッキングチェアに腰かけたまま眠ってしまう少女は、午後の陽だまりに包まれていた。

……彼女の行くところ行くところ暖かな光が有った。

それ故彼女は「光」に愛された。
だから、彼女が第一属性に「光」魔法を選んだのも必然と言えた。


だからこそ、メルンテーゼに来た当初に四苦八苦してしまったのはメグにとってショックだった。
「光」の魔法は、魔法に関しては平均以下な出来な自分でも胸を張って「自信があります！」と言えるはずだった。
それどころか、自分は「光」に愛された女の子だとちょっとだけ、ほんのちょっとだけ自負してもいた。


それが、まさか自分自身に刃を向くことになるとは……。


もっとも、ここはエンブリオとネクターが価値観の基礎となっている特殊な世界。
最初は慣れないこともあるものだ、今となってはその一言で片づけられるのかもしれない。

いくらメグ自身に膨大な魔力が眠っていたとしても、エンブリオを介する特殊な世界では一筋縄ではいかないものだ。
しかしいずれは、エンブリオを介さずとも、元の世界で自由に光を操っていたように、あの時覚えた数々を使えるようになるかもしれない。

ロンドン郊外の草原を気ままに走り回った時のように、日本の暖かな陽だまりに包まれた時のように……。


さて、そんなメルンテーゼ、ここは実に花が印象的な世界である。

この美しい庭園でも紅い花が咲き乱れている。
その花を求めて、これまた美しい青色の翅をした蝶が舞っている。

華の「真紅」と、葉の「新緑」と、翅の「瑠璃」とが、互いに互いの色を引き立て合い、幻想的な光景を描いていた。
どちらともなく庭園の片端に腰を下ろした二人だったが、目の前に広がる極彩色のカーニバルに思わず見惚れてしまい、二人ともしばし沈黙したままその光景を眺めていた。

この間まで居た小川の方からの小鳥の囀りと、それ以前に立ち寄った大広庭の喧騒が微かに聞こえる程度の静寂。
その静寂に身を委ね、二人はしばらくの間その幻想に浸り切っていた。


　　∽∽

広庭の石畳を踏みしめながら、白兎が口を開いた。

既に辺りは夕暮れ色に満ちていた。
紅い花を基調とする彩りの世界は、徐々に橙色の日の光に染まっていた。

少しひんやりとした風が一人と一頭の間を潜り抜け、兎の耳が長い影として地面に落ちていた。

白兎に呼びかけられた少女は、ちょっと意識がどこかへ飛んでいたようで、問いかけに対しておざなりな態度を返す。

少女の鈴の鳴るような声が庭園に響き渡る。
思わず抱きしめたくなるような幼さを帯びていながら、それでいて耳障りの良い心地よい声だった。

そういうと、少女はきまりを直してこう言った。

予想外の答えが返ってきたので、白兎は少々面食らった。

白兎は、少し考える素振りを見せると、少女の顔を見上げてこう言った。

言うが早いが、少女は既に駆け出していた。そして、白兎が慌てて少女を追いかける。
そうして、一人と一匹は深緑の生い茂る方へと掛けて行った。


　　∽∽

メグが困惑した表情を浮かべてそう言った。

ここは護りの森。
城からは少し離れた場所にありながら、その奥深くには城の地下牢か通用口か、何かに繋がっている場所があると想定されていた。
二人の背丈より遥かに高い樹々の生い茂る緑に包まれた空間、しかし、森には既に夜の帳が下りていた。

一揆有志による企画、おそらく前線で戦い詰めの一揆軍の慰労を兼ねているのだろう。
今頃、ラルフやルリアンナが各々準備に精を出しているのかもしれない。

……ラルフがひたすらこき使われ、ルリアンナはそれを少し離れたところで高みの見物をしているのかもしれないが。

確かに、森に足を踏み入れてからは、太陽の位置を参考にしつつここまで歩いてきた。
しかし、想定される場所に到着したはいいものの、二人のほかに人影が見当たらない。
迷った……わけではないとは思うが。

メグの声にむすっとした感情と、若干の涙声がこもる。
ほっぺたをふくらませ、不満そうな表情を浮かべたまま、メグがふと上を見上げると、その表情はすぐにプラスの表情へと変わった。

頭上を見上げたメグの反応がまったく無くなったことに、アルが若干焦り始めたとき。

……メグが思わず声を漏らした。
その声色の意図するところが気になったアルは、メグに倣って頭上を見上げた。

そこには満天の星が広がっていた。
ここは森の中、故に城の灯りのような、星空観測を邪魔するような要素がない。

それに、今日は月も三日月で、月光はそこまで星の光を遮る存在ではない。
二人とも頭上に広がるこの光景に見惚れ、思わず息を飲んだ。

先に、メグがふと我に返ると、アルに向かってこう言った。

そう言うと、ベストのポケットの中をがさごそと漁る。
カバンの類を持ち歩かないアルは、必要なものは全て召し物の中である。

メグは、彼のポケットをまるで四次元ポケットのようだと喩えることがあるが、アルはその四次元ポケットの中から薄い円形のプラスチック板を取り出した。

メグが興味津々で星図を覗きこむ。
アルは、メグがよく見えるように胸元のポケットから小型の懐中電灯を取り出すと、そっと星図を照らした。

メグが星図に描かれた星を指でなぞる一方、アルは星図のある一点を見つめ、次に顔を上げて天を見つめ、また星図を見つめ……を繰り返していた。

　☆ミミミミ

　☆ミミミ

　☆ミミミミミミ

　☆ミミミミミミミミミミミ

気付けば、アルも一緒になってはしゃいでいたが、そんなアルの横顔をメグはしばし見つめてこう言った。

アルの声が思わず上ずる。

花火の打ち上がる音は一向に聴こえなかったが、アルは、子どものようにはしゃぐメグの楽しそうな表情を見て満足している自分自身に気付いた。
そして思わず苦笑いを漏らし、再び頭上の星々を見上げた。

二人の夜空に、流星はいつまでも降り注いでいた……。


[SummerVacation]　http://if-ev.tumblr.com/post/54092209651/summer-vacation

「なはは」と純朴に笑うエル。

よくよく見ると杖だけでなく時計やベルトなども比較的高度な技術を使った物に見える。

話を聞く分、魔法少女と大差ないみたいで、魔法＝精霊術という考えは一応あるようだ。

なんでだろう、笑顔なのに笑顔じゃない気がする表情を向けられてしまった。

記憶を振り返るように、ゆっくりうんうんと頷いています。

髪の毛ごと耳を撫で回しながら、メグさんとアルさんにも勧めているようです。

魔法使いの少女が杖を ぎゅっ っと握り締めた。

従者たる白いウサギがベストの内ポケットから懐中時計を取り出した。