Melntese冒険日記 九日目 「皆様も御一緒に、穴の底へと堕ちましょう 」


護りの森へ足を踏み入れたはずの二人が星屑の小川へ舞い戻ってきてから二日後である。
つまり、ペルセウス座流星群の夜から二日が経っていた。

その間、二人に起こった出来事を整理してみても、あまりに激動すぎたが故に、二人の記憶からすっぽりと抜け落ちていた。
……というと語弊があるかもしれないが、しかし断片的な記憶しか持ち合わせていないのだ。


以下、記憶の断片を整理しながら、二人に起こった出来事を整理してみよう。

それは、流れ星に思い思いの願いを託した翌日だった。

朝の陽光を身体いっぱいに浴びながら、最初にメグが目を覚ました。
傍らでぐっすり眠る白い兎の寝顔に優しい微笑みを投げかけながら、一通りの身辺整理をする。

なんだか無性に身体を動かしたくなったので、愛用の紅い宝珠の据えられた杖を振り振り、杖術の真似事をしているともぞもぞと兎が目を覚ました。
二人の信頼に裏付けられた軽口の応酬を伴奏に、朝食として同時にベーグルを一口食んだ時だった。

濃い緑色が生い茂る森の奥から、嘶きと馬蹄の音が聴こえてくる。
二人がその方角に目線を移すと、興奮した様子の一角獣が、その自慢の角をこちらに向けて一気に駆けて来るではないか。


さて、朝一番の戦闘である。しかも、属性相性的に良いとは言えないユニコーンが相手と来た。
メグがいくら光魔法が得意でも、光魔法に耐性がある相手と当たるとなると話は別である。

奴さんは奴さんで回復魔法をしきりに織り交ぜながら、メグたちに対峙する。
こちらはこちらで相性が悪いと知りつつもそれでも隙あらば光魔法をぶち込むというまさに泥仕合。

結果的に、最後まで立っていられたメグの勝利ではあったが、余りに消耗の激しい戦闘だった。
ひとまずはユニコーンとエンブリオ契約を済ませ、長居はマズいと元の攻略ポイントである水辺へと逃げ帰ってきた次第である。

……まったく森というものは実に恐ろしいものである。


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先の戦闘で疲れ果てた身体を癒すように、少女が膝から下を小川に沈めて水浴びをしていた。
小鹿のような脚をちゃぷちゃぷとさせながら、光を反射させた水面が揺らぐ。

他方こちらは、川べりに腰を下ろして白兎が涼んでいた。

少女が口を尖らせて拗ねた態度を取る。

と、少女が自分に言い聞かせるように言います。

他愛もない会話を続ける二人を遠目から……。

じっと見つめる一つの影がありました。

それは、一見すると兎の姿かたちをしていました。
毛並は白く、そして中世ヨーロッパの貴族のような格好をしていました。

白い兎といえば、メグの従者がジャパニーズホワイトの血を色濃く引いたネザーランドドワーフなのですが、
蓋しこちらの兎は、瞳が黒々と輝いていて、そして顔の皮膚には頭蓋骨が割れる時のような罅割れが浮かんでいました

声色は少年のようでありましたが、しかしメグの従者のそれと比すると、そのハスキーさがやけに耳につきます。
首を傾げる時の所作、いや、それに限らず一挙手一投足のすべてがぎこちない様子です。
喩えるなら、一度死んだ兎に人工心臓を埋め込んで無理やり動かしているかのような不気味さでありました。

どこへともなく吐き出された異形の兎のハスキーボイスが、天に吸い込まれて消えます。

ふむふむと首を縦に振ると、相変わらずのぎこちなさで異形の兎の首がカクカクと動きます。

そういうと、異形の兎はパチンと指を鳴らしました。
すると、彼の姿は光学迷彩のように見えなくなりました。

そうして、足音だけが遠ざかっていきました。


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ひとしきり休憩を終えた二人は、星屑の小川を上流へ向けて歩き出していました。
この辺りは、川沿いの道が若干広くなっていて、メグたちの他にも一揆参加者と思しき面々が居りました。
広庭の喧騒……とまではいきませんが、この辺りも冒険者同士の交流が盛んでした。

二人も、時にはその輪の中に首を突っ込んで情報を仕入れつつ、小川の先を目指していました。

太陽が徐々に傾き始めた時刻でしたでしょうか。
少年のようなハスキーボイスが二人の耳に届きました。

どうやら、その声は二人に向けて掛けられたもののようです。

少女は愛らしい童顔を辺りに振りまきつつ異形の兎の姿を認めました。
他方、白い兎は、異形の兎の姿を認めると、露骨に嫌そうな表情を浮かべました。

そう言うと、異形の兎は恭しく一礼しました。
その動きはカクカクとして、あまりにぎこちなく映りました。

そうして異形の兎はまた首を傾げた。相変わらず動きはぎこちない。

メグとアルはあっけにとられた表情を浮かべ、二人で顔を見合わせた。
こちらから契約をお願いするケースは多々あれど、エンブリオの方から契約を願い出るなんて初めてだ。

アルの口調に若干の棘が混じりますが、異形の兎は気にせず言葉を続けます。

メグの顔がぱぁっと明るくなります。他方、アルの表情がどんどん曇っていきます。

そうひとりごちたアルに顔を向けて、異形の兎は言葉を続けます。

異形の兎の真っ黒な瞳がじっとメグたちを見つめます。油断すると心ごと吸い込まれてしまいそうです。

珍しく、アルが怒気を孕んだ声を上げます。

意味深な言葉尻と共に、異形の兎は含みを持たせる笑みを浮かべてアルを一瞥した。
アルの表情がさらに苦々しいものになっていく。

異形の兎がメグの額に手をかざしました。
すると バチッ！ と音を立てて、異形の兎の掌の中で黒い稲光が弾けましたが、それは一瞬に終わりました。

異形の兎が二人に向き直ります。

メグが少しだけ考えるような素振りを見せると、何かを思いついたようでこう言います。

そう言うと、名前の意味を噛みしめるように〝闇兎〟はクッ、クッ、と嗤います。

メグが契約のお礼をしようとした時、既に闇兎の姿は二人の前から消え失せていました。


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嗚呼、これで女王様の斬首会に手土産無しという事態は避けられましたな……。
ふふ、純真な少女を籠絡するなど、実に容易い……。
穴の底へ堕ちていく様を、じっくりと見せてもらいますよ……。



　　　　　私だけの〝 アリス 〟

何やら不穏な言葉が聞こえてきた。

魔法使いの少女が杖を ぎゅっ っと握り締めた。

従者たる白い兎がベストの内ポケットから懐中時計を取り出した。

兎の吐息を掛け声に、少女はすぐさま呪文詠唱を始めた。

少女は振りかざしていた杖を下ろし、一息つきます。