●水辺の話
「……しかし水浴び、ねぇ」
そう口に出してから[軍曹]眉をしかめた。
傭兵になってから増えたクセの一つ、独り言。
同行する[仔犬]は余計な口を挟まない。思考はするのだろう。自発的に動くことは多々ある。
しかし、それは[軍曹]から見てあまりにも会話相手として適当な思考をしていない。
ただ、ひたすらに、道具めいている。
「——お前も、水浴びしてきたらどうだ」
「Negative.お傍に」
このように、一度役目を自認すればそれを撤回しない。命令の形を取らねば受け入れない。
とはいえ、たまに突飛な発言が出ることもあり、自我めいたものは持ちえているようなのだが。
それが、[軍曹]の[仔犬]に対する恐れであり、負い目。
本当に、今のそれに満足しているのか。それでいいのか。
何度と無く確かめ、今の身を預ける状態に対する不安を撫で慰める。
（——罪悪感、責任感、恩義、いろんな鎖で縛っちゃいるが、まだまだだな）
疑心暗鬼、を生じているのは心の何処かで理解はしている。しかし
「[精神静止](MindSet)。しんどい技術だな」
それが[軍曹]にかかった鎖の名前。感情の状態をある程度の振れ幅に収める技術。
ロボトミーの様な外科手術ではないが、感情制御が彼にはかかっている。感情凍結、とも言うのだが、どういった理屈の技術かは[軍曹]は知らないし、知りえない。
ただ、わかっているのは感情を凍結されれば、怯えていたものは怯え続け、奮起したものは奮起し続ける、という具合のもので前線の兵士の士気を維持することができる。
運用上、上官が下士官にかけるのだが、上官は上官で下士官にかけている間自分の感情も凍結されてしまう、という副作用があった。
この鎖がかかっていればこそ下士官は上官に作戦中は従順であるが作戦終了後に吹き出した怨恨の暴発、ということもたまに聞く話ではあった。
（……どう、したもんかね。感情に説明をつけてやっていれば事後の暴発はしづらいらしいが。しかし自分の思考もおかしくなっている気はするな）
現在の[軍曹]にかかっているのは、集中力強化。常に、冷静に焦り続けるという思考状態に調整されている。
この状態では生理的欲求の大半も正常に動作しない。つまりストレスが異常に蓄積されているのだがそれが認識できない。
眠りは浅い。食欲もあるかどうか。性欲に関してはそれどころではない。
「まぁ眠いかどうかに関わらず寝ないと持たない、食欲無視して口に含むのもいつものことだがな」
3つ目は……まぁ
「……終わった後ちゃんと機能するのかね」
「Testですか？確かめますか？」
「？！」
恐らくは、終わったあとに使用可能になるであろう機材のことと[仔犬]は受け取ったのだろうが、あまりにあまりなタイミングの反応で、思わず[軍曹]はうめいた