私のこの世界での得物は鞭だ。
鞭は刃物にくらべると殺傷能力は低いと言える。

だからよかったのかもしれない。
そう思う。

小さな主人の隣で振るう武器としては理にかなっていた、そう思うのだ。




話は変わるがはじめて調理場にやってきた。
二日連続で力を持つ敵に挑んだ故に疲れていた。
ので、今まで行ったことのないここを選んできた。

とても広い。昔はここで腕を振るう料理人達がいたのだろう。今はその姿は見えない。

しかし、この広さもパラダイス王の力のなす物で有り、本来は今見えている程ではないのかもしれない。
以前、ヴァルさんと話していたときのことが当たらずも遠からずと言ったところだったようで—

サバスという男は「五感を歪める迷路」だと言っていた。
外から見た城は確かに巨大なものだったが、中はさらに広く感じられた。それらにはそういったからくりがあったのかもしれない。
もしかしたら巨大に見える城自体がパラダイス王によるものだったのだろうか？その辺は私には分からない。


それはさておき、調理場というのはありがたい。
坊っちゃんが食べたがっていたドーナツを作って持たせておこう。
明日は久しぶりに別行動だ。
だけれど以前のような不安はない。


あるとすれば、走って行く坊ちゃんが何も無いところで転ぶのでは？
ということぐらいだ。

ちょっとちらちら

自分が伸びたい、という願いも込められているのか語尾が強いきがする。

ひどいいいようだ。

傾げられる首と伏せられる視線に、ちがうの、と首を振るけど、
まだその声はくすくすと笑みを乗せたままで。

などと、知ったかぶったお説教は、けれど彼の生い立ちの…あまり気にもしていない風な口ぶりに、戸惑うように途切れてしまう。

まるで天気の話でもするかのような彼の様子に、逆にこちらが心配になってしまって。
ついつい、その気持ちを抑えきれずに質問を重ねてしまった。