「タロットカード？」

私の問いに占い師はにやりと笑うと頷いた。

「まあ、ただのカードじゃねぇんだけどな」

そう言って彼は一番上のカードを手に取り、こちらに絵柄を見せるように机に置く。
だが、そのカードには——、

「何も描かれてない？」

兄さんが呟いたとおり、そのカードには何も描かれてはいなかった。真っ白なカード。タロットカードと言えばそこにすでに絵が描いてあり、正位置や逆位置、他のカードとの組み合わせによって占うと言ったものだ。絵にはそれだけの意味がある。それがないと言うのはどういうことだろう。

「先に言っておくがこれ一枚だけが白紙なわけじゃない。この箱に詰まってるもの全部が何も描かれちゃいない」

それを証明するかのように、男は箱を逆さにし机にばら撒いた。裏返ったままのものもあるが、白いカードがいくつも目に入る。

「こいつはちょっと特別でな。同じ絵柄は絶対に出ない。占うヤツに合わせた絵柄が浮かぶって代物だ」

「マジックアイテムって事ですか？」

「まあそうなるな。そいつに合わせた結果が出る、と言うことはそれはまったく無関係じゃない事柄が浮かんでくる、ってなわけだ。誰にでも当てはまるものでやるよりよっぽど当たるぜ？」

だからこそ俺みたいなのが占い師としての生業を成立させてる理由でもあるんだがな。

そう言いながら彼は喉を鳴らして笑うと慣れた手つきでカードを集める。

「そんなわけだからお前さんらが何を占ってもらうか悩んだとしても結果はちゃんと出る。便利なシステムだろう？」

確かにそれは何から手を着けていいのか分からなくなっている私達にとってはありがたい話だ。
出た結果は決して無関係じゃない。それをキーとして動けば停滞している現状よりはるかにマシだ。

「さてどうする？こいつを使うのも良いし、もっと普通の方法で占うことも出来る。先に警告はしておくがな——」

男はそう言うと笑みを消した。強い意志のこもった瞳が私達を試すかのように向けられる。

「無関係な、的外れな結果はこいつは生み出さない。幸せな、なんて事のない結果なら良いが、残酷な未来さえこいつは遠慮なく見せ付けてきやがる。それを直視できるなら俺は止めねぇ。ただ、生半可な覚悟で覗き込むならやめておくんだな」

仮にもこの先を覗き見るんだ、それ相応の覚悟と代償は用意しろ。

占い師の言葉を飲み込む。彼の言うことは正しい。この特殊な占いは場合によって回避不能な悲劇さえ何の躊躇もなく曝け出すだろう。それが誰かが傷つく未来だろうと、自身が苦しむ結果だろうと、
受け入れがたい世界だろうと吐き出す。
私が今から見ようとするものは私達にとってどんな未来をもたらすのだろう。
そこに浮かび上がるものは決して優しくはないと思う。自分でも悲しくなってくるけど、そんな単純で誰も傷つかないものに私が巻き込まれるわけがない。

ふと脳裏に銀色の長い髪が浮かぶ。

そうだ、彼女に手を引かれ、彼女が笑い、彼女が関わることには碌なことがない。
今回もかの魔女は関わっている。

だったらやさしい未来なんて存在はしない。

そこには何かの思惑が渦巻いているはずだ。魔女の関わる案件に平穏なんて存在したためしがない。
きっと浮かび上がってくるのは頭を抱えたくなるようなことだ。
眼前に広げられ、目を疑い、頭を抱えたくなるようなことが待っている。

だからといって逃げられないのだ。

もう魔女だけが関わっている事件じゃない。私達にも実際に影響が出ている。
魔女の喪失、アーネの探し物、私達の時間喪失、これらは無関係じゃない。
全てが一つの事柄に含まれているそれぞれだ。

なら答えは簡単。

「かまいません。覚悟はとっくに出来てますから」

私は強い意志に同じように強い意志で答える。
ため息を付いて魔女に文句でも言いたい。でもそれは実際彼女を前にするまで後回しだ。
先が見えない暗闇の中、少しでも光を見たならがむしゃらでもいい、それを標に歩くしかないのだから。

占い師は黙ったままこちらを見続ける。私もそれを黙って見返す。
沈黙した室内。私は良いが兄さんはどんな心境でいるのだろうか。
睨みあう形になっている私達を見てどうしているだろう。
だけど、視線を逸らすわけにはいかない。

先に動きを見せたのは占い師の方だった。
彼は目を閉じ、息を吸う。やがてゆっくりと目を開けると、にやりと笑った。

「了解だ。お嬢ちゃんの覚悟、しっかり伝わったぜ。せめて最悪だけが生まれないことだけ祈ってやるさ」

彼の言葉に私は黙って頷いた。