ドアを開ける。
室内の印象を一言で言えば『侘しい』。

どこにでもありそうなベッドに、何も収まっていない本棚。
壁紙はなくコンクリートがむき出しだが、床には絨毯が敷かれていた。それも豪華なものではなく、安物で更に使い古されているので申し訳程度に置いた、といった印象を受ける。
窓はあるがカーテンはない。汚れたガラスは光を鈍く取り入れるだけで爽やかさはない。

部屋の中央にある机に目をやる。

そこにはこの場に似つかわしくないものが座っていた。
微かな光を受け、まるで自ら光を放っているかと思うほど、煌く長い銀の髪。
赤い双眸はこちらを射抜くように向けられる。まるで猫に見つかったネズミの気分だ。
好奇心か、単に暇つぶしを見つけた事を喜んでいるのか、その顔には笑みが浮かんでいる。
整ったその容姿は月の女神だと言っても過言ではないだろう。

だが、その女は大変タチの悪い。
女神と言うよりは魔女だ。

「あら。今日は貴女なのね」

親しい友人にかけるような軽い声。

「……」

それに答える事無く私は彼女と対面にある椅子に腰を下ろす。
手に持っていた本を机に置くと、彼女はそちらをチラリと見やるがすぐにこちらに視線を戻した。

「何か面白い話か、本を持ってきてくれたのかしら？」

もう全部読んじゃったし、新しいものが欲しいんだけど。

そう言って部屋の隅に置かれているベッドの傍に視線を向けた。
倣うようにそちらを見ると本が床に乱雑に積まれていた。

この部屋の本棚にあったものを彼女が運んだのだろう。
読み終えたのなら戻せば良いのに、と思いながらもそれは口にしない。
代わりに此処へ来た目的を果たす事にする。

「何故この状態を甘んじて受け入れているんだい？」

その言葉に女は瞬きをしながら首を傾げる。

「貴女たちが監禁しているからでしょう？ここへ入れ、大人しくしていろ、不穏な動きをすれば解っているな？そう言って此処に閉じ込めたはずなのに一体何を言っているのかしら」

まるで私の方がおかしいみたいじゃない。

くすくすと笑う女に私は笑い返さない。

「あなたは何が起こったか、理解して把握しているはずだ。それは心中穏やかではいられない、珍しくあなたの心を乱す事案のはずだ。なのに何故動かない」

「動きたくても拘束されていてはこの部屋から出れないし」

そう言って彼女は右足を揺らす。
鉄が床を叩く音が室内に響く。
彼女の足とベッドの足は一本の鎖で繋がれていた。
特殊な鎖で、拘束者の力を封じる力があるそれは、魔獣を捕獲したり、魔術師を捕縛する際に用いられるものだ。

通常ならそれで繋がれればもう魔術は行使できない。

だが、目の前の女はその枠に入らない。

何せ、私の目の前にいるのは『魔女』なのだから。

「……何を考えている」

鋭く、彼女を睨む。何かを企んでいるのは間違いないだろう。
だがそれは見えず、彼女は動き出す気配はない。

彼女の一番触れられたくないものに触れたのに、だ。

それが不安を生む。
魔女は苦笑すると頬杖を付いた。

「別に何も……と言うと見え透いた嘘になるわね。思うところはあるわ。でも、今はそれだけ。それに私が動き出せば大変な事になるじゃない？貴女たちに不都合ばかり生まれる。それは望まない事ではないの？」

「無論そうだよ。でも、あなたはそんな事はどうでもいいだろう？あなたは自分の思いに素直に行動するはずだ」

だからこの状態は非常に気持ちが悪い。
見えない誰かに背後に立たれているような。首元に刃物を当てられているような心地の悪さ。

「もちろん私は動く時は動くわ。つまりは『そういう事』よ。安心なさいな」

くすくすと笑う魔女を睨みつける。
だが、彼女は笑みを崩す事はない。

「…………」

私は椅子から立ち上がり、机に置いた本を持って彼女に背を向ける。
これ以上、何を聞いても無駄だろう。
彼女は動くつもりがない、それ以上何も得られない。

それが異常な事だと解っていてもこの場を去るしかない。

先ほど入ってきたドアを開け退出しようとすると、

「ねえ——」

背に声を掛けられる。私は立ち止まったまま振り向かない。
彼女は気にせずに更に言葉を投げかけてくる。

「貴女の言葉、まるで私に動いて欲しいように聞こえたのだけれど、どうなのかしら？」

目を閉じ、溜め息を付く。

「そんなはわけはないよ。馬鹿馬鹿しい」

そう吐き捨て、ドアを閉じた。