彼には夢があった。

とは言ってもそんな大それたものではない。
誰もがそれを夢だとすら認識せず、さも当然のように手にするものだと信じて疑わないようなものだ。

それが彼にとっては渇望してやまない夢だった。

何時からだろう、彼にとってそれは手にするのが非常に困難であると理解したのは。

何時からだろう、彼は周りと自身が酷くずれている事に気づいてしまったのは、

ずれているのは彼か。
それとも周囲か。

彼は考えたが答えはでなかった。

正しい解は誰も教えてくれない。
誤った解は彼を救わない。

悩みに悩み、ある日の朝、彼は夢に気づいた。

それは天に昇る日より眩しく、月より美しく彼には映った。

だから手にしたいと思った。

ちっぽけな、でもこれ以上ないほどの尊い願いに満たされたいと。


神という存在がいるのであれば、どうかお願いします。

私の願いを叶えてください。他には何もいりませんから。


彼はそう強く願った。


「そう。それが貴方の願いだったわけね」


椅子に座る女は得心したように笑みを浮かべる。

彼は頷く。


それが私の根源。

私が今の私である所以である。

　　　言うと、拳についた血を拭い、舌打ちする。