side:——オハン


「…………ん？」

ズボンのポケットで振動が起きているのに気づき歩みを止める。

「アセナ、セナ。ちょっと止まれ」

俺のの声に前を歩いていた二人が同時に振り返った。
青と赤、対称的で瓜二つな彼女達は誰の目から見ても双子と映るだろう。

「……なに？」

青い髪の方、アセナが首を傾げる。
ポケットの中から振動している物を取り出す。

それは手の中に納まるくらいの小さな四角い箱だ。
単なる箱、というわけではない。これは通信媒体。これともう一つの通信媒体の波長を合わせる事で、離れた相手とも会話が出来る、というものだ。
超能力や魔術の中にも離れた相手との意思疎通術というのは存在しているが、俺の手の中で振動している機械はそれらとは異なる方法で通信ができる……らしい。
曖昧なのは俺自身が用意した物ではないし、その仕組みをきちんと理解は出来てはいない。
持ってきたのがあの魔女だから、何処かの世界の技術だとは思うのだが、話を聞いても良く解らなかった。
それでも使う分には問題ないので活用させては貰っている。

その通信機がメルンテーゼ、別働隊として行動している嬢ちゃん達と別れてから初めて反応をみせたのだ。
定期連絡の日は決めてあるものの、もう少し先。誤作動でないのなら向こうからの通信が試みられたという事になる。
それは何かがあった、と言う事だ。

「恐らく嬢ちゃん達からだ」

「このー？」

アセナの頭部に生えた両耳がピクリと反応する。

「あちらから連絡、デスか……。何かあったんデスかね？」

赤髪のセナが首を傾げる。
二人とも似たような動作をしたが印象は全然違う。
アセナは表情がコロコロ変わるほうじゃないのに対してセナは感情が顔に出やすい。
同じ顔をした二人を比べるから余計に差があるように見えるのかもしれないが。

「さてな。とりあえず緊急で連絡を寄越さないといけない内容なのは確かだな——ってアセナ、何をしてる」

セナと喋っている間にアセナが近寄ってきて、通信機を握っている手を引っ張り出した。
何となく腕を上げると身長の差で届かなくなった通信機を何とか取ろうとし、アセナが腕にぶら下がるような形になる。

「このーからなら、私が出る」

「いや、連絡役は俺だって決めただろ」

そもそもお前が出て、うまく話をこっちに伝えられるのか。少々不安だし。

「このーとお喋りしたい」

そう言いながら通信機に手を伸ばすアセナ。

「だから、これは緊急の内容だろうから——」

「お喋りしたい」

少し眉を吊り上げ頬を膨らませ、怒ってますよという顔で抗議をされても……。

「あーもう！何してるデスか！」

俺達のやり取りを見てセナが、こちらは完全にイラついた様子で近寄ってくる。
助かった、とりあえずアセナを引っぺがしてもらえれば、通信が……。

「べ、ベタベタしすぎデス！」

そう言いながら彼女は通信機を奪う相方を止め——る事無く左腕を抱きしめるように掴んでくる。

「……何してんだ、セナ」

本気で意味が解らんのだが、と思いながら問うとセナは顔を真っ赤にしながら、ぷいっと顔を反らし口を開く。

「別に……その……羨ましいとか私もやりたいとか……では、なくてデスね……」

「遊んでるわけじゃないんだが……」

「し、知ってるデス！」

知ってるなら何故更に強く腕を引くのか。

「オハン、イジワル。このーを独り占めする気だ」

右腕ではアセナが何やら訳のわからないことを言いながらも通信機を奪おうとしてきている。


……なんだ、この状況。


左右から腕を下に横に引っ張られながら、俺はとりあえず二人を何とかする事から始めるべきだ、と結論付けた。


『……あ、ようやく繋がった？えーっと、もしもし。聞こえてますか？雛神このみです』

耳に当てた機械から嬢ちゃんの声が聞こえてきた。

「こちらオハンだ。悪ぃな、出るのに少し手間取った」

『今、大丈夫？取り込み中だった？』

「あー……ちょっと色々あったが大丈夫だ。解決した」

そう言いながら視線を色々やらかしてくれた二人に移す。

そこには正座している二人の少女。
セナは叱ったのが効いたのか、頭の耳も垂れさせしゅんとしている。
アセナはこちらをじっと見ている。怒られたせいか、それとも自分が通信機に出れなかったのが気に食わなかったのか、少し不機嫌そうに頬を膨らませている。恐らく後者の理由だろう。

思わず溜め息が漏れた。

『……オハン？何かあったの？』

「いいや、なんでもねぇ」

心配そうな嬢ちゃんの声にとりあえず返事をする。言ったところでどうしようもない。

「それより急に連絡を寄越すからには何かあったんだろ？」

ええ、という嬢ちゃんの声は硬い。
これはあまり朗報じゃないようだ。

『変な事を、と思うかもしれないけど答えてほしいの』

「何だよ？」

一拍置き、嬢ちゃんは意を決したかのようにその問いを投げかけてきた。


『私達がここの世界に来て今日で何日目？』


質問に対する答えが喉から出かけ、止まった。難しかったわけじゃない。どんな内容が飛び出してくるのかと身構えていたせいもあってか、その言葉の意味を深く考えそうになったのだ。
問われた内容は予想外ではあった。

「何日目って……」

記憶を遡り、一応指折り数えていく。

「今日で十三日目だろ」

そう答えると通信機の向こうから息を呑む音が聞こえてくる。
間違えてねぇよな、と再確認しようとすると、先ほどと同様——いや、更に硬くなった嬢ちゃんの声が届く。

『違うの……』

「違う？そんなはずねぇだろ。明日が定期連絡の日で——」

『オハンが間違ってるんじゃなくて』

嬢ちゃんの声が俺の言葉を遮る。

『私達の記憶だと、今日が……十二日目なの』

今日で俺達がメルンテーゼにやって来て十三日目で、同時に来たはずの嬢ちゃん達は今日が十二日目で……？

そこまで考え、あまりに単純な間違いにぶち当たり、

「……は？」

自分でも随分と間抜けな声が口から漏れた。

　　　言うと、拳についた血を拭い、舌打ちする。