「このみ、ちょっといいかしら？」

日が傾き始め、周囲がオレンジに染まりつつある。
私達も今日はこの辺で一区切りと決め、一旦解散となった直後、アーネに声を掛けられた。

その表情は相変わらずつん、とすました猫を連想する。

「なに？」

「最近、順調にエンブリオの数を増やしているようだけど」

エンブリオ。この世界において、人々と密な関係のある存在。
彼らの力を借り、その対価を払い、世界は成り立っている。
それは別の世界から来た私達も例外ではなく、彼らに力を借りなければ一揆に参加する事も出来ないし、目撃された魔女を探すことだってできやしない。

一番最初のエンブリオはアーネの力を借りて力を行使している。これは現在も変わっていない。
その他に現在は数種類のエンブリオの力を借りている。
この子達は私が契約を交わしている状態だ。

エンブリオたちにも、私にも何か感じるものがあれば契約は滞りなく行われる。
だけど、そうでない場合は契約は不成立。
協力への対価、これが噛みあわなければ、それは一方的な支配になりかねない。それはひっくり返す事になるだろう。この世界、を。

初めは戸惑っていたけれど、今では契約も、彼らの力を借りるのも慣れてきた。
慣れてきたのだけれど、

「何か……まずかった？」

「いいえ。エンブリオの力を借りるのは悪い事ではないわ」

でも、と彼女の顔が少し曇る。
日は山の向こうへ半分以上姿を隠し、世界は徐々に暗くなっていく。
外灯の光はあるが、それでも周囲は闇に落ちていく。
だからだろうか、彼女の顔が暗く、不安さが増した気がした。

「エンブリオの対価、覚えてるかしら？」

「……えーっと」

一番最初に説明された事を思い出す。

彼らに差し出す対価。

「生命力、だっけ」

そう言うと彼女は頷く。

「少しずつとはいえ生命力を与え、契約は成立する。それは数が増えれば契約者に負担が増えるということよ」

それぞれのエンブリオは少しずつしか対価を求めないかもしれないが、その源泉は一つだ。
契約数が増えれば、言わずもがな差し出すものが増える。

「……大丈夫なのかな、と思ってね」

ちらりとこちらを見た瞳が少し揺れた、気がした。
ああ、心配してくれてるんだな、とわかる。

私は安心させるためにもからくりを説明をする。

「生命力って何を指すと思う？」

突然の私の問にアーネは驚き、思案し始める。
だが答えは最初から一つだったのだろう。

「文字通り、生きるための力。命……でしょ」

「うん。そうだね。でも、それは正解だけど、答えは一つじゃないの」

その言葉にアーネはきょとんとする。
その様子が見たこともないものを目の前にぶら下げられた猫のようで何だかおかしくて笑いそうになるけど飲み込み説明を続ける。

「生命力ってもちろん動いたりするものも指すけど、精神も指すの。生命力は心も体も動かすためのもの。そして、種族によって生命力とは指すものが変わってくる。それは体力だったり、自身を動かす物だったり、魔力だったり、ね」

そういうとアーネはハッとする。答えはもう解ったみたいだ。

「私の場合は魔力を提供してる形だね。だから体力的な負荷はそんなにないかな」

魔力とは精神力でもある。それが消費されるとやっぱり疲れる。気持ちを奮い立たせるのには力が要るし、そこから体を更に動かそうとすると体力がいる。少なからず負担は生まれるものだ。

「幸い、私は人よりちょっと特殊な体質だから、ね」

異常な魔力を内包した体。これは私、私達を蝕んでいた呪いの後遺症でもある。
暴発すれば自身すら死滅させかねないほどの危険な量の魔力。
現在はその問題は解決しているのだが、私は特異なケースの更に特異だ。
アーネもそれに気づいたようだが、難しそうな顔をしている。
そんな彼女に笑いかける。

「うん、無茶はしないよ。みんなに迷惑はかけられないし、辛いなーと思ったらちゃんと言うから」

「そ、そう……ならいいのだけれど」

一応、納得してくれたようだ。
この子はぶっきらぼうにして、一線引いた位置で物事を見ているようなポーズはしているけど、きっと根本はそうじゃないんだと思う。

やはり猫を思い出して、くすっと笑ってしまう。

「な、なにかしら」

私の笑みに少しムッとした表情をしたアーネ。
だけど、そこに嫌悪や怒りではない何かがあった。

「なんでもない。心配してくれてありがとう」

「——っ！べ、別に……そんなんじゃない、わ」

その態度と言葉にやっぱり違和感を覚え、私はくすくすと笑ってしまうのだった。