心臓を蒼銀の十字架で穿たれ、まるで聖人にでもなったかのように両手を大きく広げるカーミラ。
　その肉体は足元から、砂粒となって崩れ落ちる。


「——Earth to earth; ashes to ashes, dust to dust.」
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（塵は塵に、灰は灰に、土は土に。）


　ミラルカは朽ちゆくカーミラを前に、一言そう呟いた。

「……死んだのね」

　ラフィンは眼前の光景が未だ信じられぬらしく、訝しげに砂の山を見つめている。
　するとミラルカは一度手で十字を切ることで、ラフィンへの返答とした。

　——吹く、一陣の風。
　砂埃が巻き上がり、化物の残骸を散らしていく。

「……見て」

　カーミラは消え、一つ残った十字架。
　それに対し地面から急速に蔦が萌芽し、絡まっていく、

「《書き手》としての能力は、カーミラより僕の方が上だったけれど。
彼女は最後に、自分の力でこんな仕掛けを施していったらしい」


　毒々しい程緑色の蔦はたちまち、海のように蒼かった十字架を覆い尽くしていく。
　天まで届かんばかりの勢いで巻きつき伸びていく蔦。

「ちょっと、大丈夫なの、これ」

　困惑するラフィン。

　笑みで応えるミラルカ。
　聳え立つ巨大な蔦の塊は、まるで墓標のようであった。

「——終わったみたいだね？」

　すると蔦の墓標の裏側から、一つの声が響く。

「誰ッ！」

　警戒するラフィンに、腕を上げて窘めるミラルカ。

「君のお陰だよ——ブラウニー」

　妖精は蔦の横からひょこっと顔を出すと、悪戯気に舌を出しはにかんで見せた。


　　　　　†

「僕は本物のカーミラと、会ったこともないんだから。カーミラに付き従っていた君と、一緒にいる訳がないんだ。
何らかの意図が介在しない限りは——」

「——あは。」

　妖精は嗤う。
　真実に辿り着いた、ミラルカを見て。

「……何がおかしい？　僕はもう君を裏で操る悪魔。——サタンの意図通りに、動いたりはしない」
「あは、あははは。」
「…………」

「……は？　だって君は」

　笑いが堪え切れないのか。
　ブラウニーは口元を抑えながら、けたけたと笑い声を漏らし続ける。

「あのねミラルカ。あたしはね？　なんでもいいんだよ」
「……なんでもいい？」

「そ。君は始祖という化物が誕生したことに、何らかの理由を付けたいみたいだけどさ？
あたしがカーミラさま——ううん、昔ミラルカと友達やってたのは。

ただそれが、楽しかったからだよ」

「楽しかった？」

「そぉ。あたしもさー。何をしたらどうなる、なんて。ほんとはわかっちゃいないんだよ。
サタンだって黒幕ぶって高笑いしてるけど。
本当はあいつも、《書き手》に近い力があるだけの子供なの。いい？」

　身の丈ほどもあるフォークをくるくる回しながら、平然とした様子で語るブラウニー。

「あたし達は確かにね？　昔ミラルカにちょっかいかけたよ。
ノエルがカーミラを殺しかけたその瞬間、回復魔法を使って支援したのもあたし。でも、だから何だっていうのさ」

「……いや、だから。君が事件の真犯人で——」

　　†


　——死のうと思ったんだ。全てが終わったその時には。

「何故？」
　　　　カ ー ミ ラ　　　　　　　　 パラダイス
　——化け物よりも邪悪で。魔 王よりも凶悪だ。
　生きているべきではない。

「それが答え？」

　——……分からない。

「じゃあ、白紙？」

　…………。

「真実に気が付いた気になって。
記憶が無い理由も理解して。それでもあんたは、白紙？」

　僕は。僕は——。



　　　　　　†

　蔦の墓を前に、僕は言う。