「自分に性別は存在しない——ノエルは確かに、そう言ったわ」

　ヴィルヘルム・エヴォル・メダルドゥスは、ミラルカの肩の上で語るリリスの様子をつぶさに観察し、メモを取っていた。
　と言っても、話している内容を記録している訳ではない。一度死に、ミラルカの血肉の中で再誕した悪魔の姿そのものを観察しているのだ。

「どういうことだい、リリス。性別が存在しない……病気か何かなの？」
「いいえ、違うわ。彼のそれは先天的なもの。生まれつき、そうなのよ」
　エヴォルにとって、それは既知の情報だった。
　彼は吸血鬼管理組織である《フリージア》で始祖カーミラの研究を進めると同時に、対立する吸血鬼排除組織である《ブルークロス》の中で、ダンテック・ノエル達の研究をも手伝っていたからだ。

「生まれつきって、そんなこと……」
　青竹色の帽子を揺らし、戸惑う様子を見せるミラルカ。
「ねぇ、ミラルカ君」
「……、何ですか、エヴォルさん」
「君はもう知っているはずだよ？　ノエルの正体——性別無き悪魔のことを」
　ばさ、と。エヴォルの白衣が、はためいた。

　カーミラ様がそう言うと、青竹色の帽子を被ったソイツは首筋から真っ赤な血を流して倒れた。
　あたしはただそれをぼんやりと、魅入られたように眺める。

「ぅ……あ……ぐ……！」

　どうやら倒されたソイツはまだ息があるらしく、苦悶の表情を浮かべながらびくびくと地面の上で芋虫のように痙攣している。
　カーミラ様はソイツを踏み付けると、炎みたいに朱い眼を揺らして

　とかなんとか言っていた。

　そんなあたしの言葉も今のカーミラ様には届いていないらしく、平然とした表情で君臨している。
　——と、言うか。このメルンテーゼでカーミラ様と再会してから、実はあんまり会話をした覚えがない。

　　　　　 、、、、
　最近はミラルカの出番もなく、ずっとカーミラ様に“なりきって”いる。
　そんな彼女が好きだから嬉しくはあるのだけれど、同時に寂しい思いをしているのも確か。

　もぅマヂ無理。。。パーフェクトケアしょ。。。。

　息も絶え絶えだった青竹色の帽子を被った奴が、勝ち誇った表情で言った。
　どう見ても勝負がついてるのに。バカみたいにみっともない。

　しかしあたしの予想とは裏腹に、カーミラ様は珍し過ぎるうろたえた表情を見せた。
　突如胸を抑え、地面に膝から崩れ落ちるように倒れたのだ。

　慌てて駆け寄り、回復技を行うあたし。
　しかしどうやら効果が無いようで何度救護しても変わらず、肩で息をしながら額に汗を浮かべている。

　あたしは怖くなって、その場から逃げ出した。


　　　　†

「アニマ。男性の中の女性的部分。
ミラルカ君の場合は、アニムスと呼んだ方が適切かもしれないね」
「どういう、意味だ」

　エヴォルはリリスに関するメモを取り終えたらしく、白衣の中へ仕舞い込みこう言った。
「言ったろう？　“君はもう知っているはずだ”ってね。力は薄まっているようだけど、無くなった訳じゃあない」
　リリスは無言で俯いている。

「ダンテック・ノエルは、君に対し強制契約を結んだエンブリオだ」

はて、手紙というものは個人に宛てるものではなかったのだろうか。
目の前の少女の言い方では、まるで少女が受け取らなくても良かったように思える。

この様子では暫く時間がかかるか、と呟く。

こくりと頷き、伸ばされた手には小首を傾げた。