跳ね除けて、跳ね除けて、跳ね除けても。
奥へ奥へと、まるで静かに、けれど燃え尽きぬ埋み火の様にそれは——




一体何処に、あんな熱情を隠していたのかと思う。


“だから、俺は”
“やめておけ”


あれ以来、顔を合わせては何度となく繰り返したやり取り。
その事だけに関しては、どれだけ言い募られようと悉く、にべも無く返してきた。
時折その態度にたまりかねたのか、あちらが爆発するような事もあったが——
それでも、徹頭徹尾表情も変えず、その先へは進ませまいと壁を張った。
幾重にも、幾重にも重ねて。


けれど。
そうしている内にいつしか分かった…分かってしまった事が、ひとつある。
そうまでして壁を張る、その意味に。

それは彼の為を思って、というだけでは無かった。
己が胸の内の情けなさと浅ましさに、軽い眩暈すら覚える。


——そうしなければ、己がもたないであろうからだ。


そうでもしなければ、自分はきっと伸ばされたその手を引き寄せてしまうだろう。
自分の奥へ、一度踏み込めばもう、後戻りの出来ぬ場所まで。


正直、そんな思いに気付く事無く居られたならば良かった。
だが己の心はもう、認めてしまった。
傍に居る時の心地よさ、空気の穏やかさ。
この手で守りたいと——
そう思う心情が、ヨエルや龍貴へ向けるそれとは、違う所からきているという事を。


真っ直ぐな目線。
時に静かに、時に射抜く様に、時に泣きだしそうに寄越される紫の瞳が、ふとあの子の…彼女のそれと重なる。
緩やかに細められ、“仕方ないな、伏兄は”と微笑む時の、彼の人の目に。




…どうか今の内に。そう願いながら、今日もまた壁を築き上げる。
例え崩したところで、その先の風景にそんな価値は無いのだと、早く愛想を尽かしてくれれば良い。







その目に赦されたいなどと——欠片でも自分が思ってしまう、その前に。