（※ENo.1952さんの日記とリンクしています※）




開いた瞼の下は、枯れた草の色をしていた。




その目は、青い燐光を放ちながら舞う蝶を確かに追っている。
思った通り、視覚ではなく感覚でその霊気を捉えているようだった。
女の周りを旋回した蝶は、やがて元の場所——忍の手へと舞い戻る。
その動きにつれ、枯草色もまたこちらへと向けられた。



「火の精霊憑き……では、貴方が“巳南さん”？」



カサネの名を出し問うてみれば、己の名が返ってきた事に鉢金の下の片眉が僅かに上がる。
あの青年の傍に他人…しかも若い女性が居るとは、彼の気質を思えば珍しい事だ。
だが逆を言えば、そんな彼の傍に居れる様な者ならば、何かの拍子に自分の名を聞いていてもおかしくはない。
ただ——
こちらを通し、己に憑く蛇を“見て”いた彼女から感じた、その気配。
それは人よりも、彼女の見ていたもの——精霊と、どこか近しく感じられた。

人でなければ、では？

名を呼ばれた事よりも、忍としてむしろそちらの方へと意識が向き、応じるのに一瞬の間が空く。
だがその空気を察したのか、答えはすぐに彼女自身の口から齎された。



「ああ、ごめんなさいね。あの子がよく貴方の話をするものだから…」

「私は朽葉。あの子を主とする花魄よ」



花魄——エンブリオ。
成程、その一言で結局全ての納得がいった。
自分の知る精霊とは厳密にはその性質を異にするかもしれないが、今まで見た幾つかには非常に近いものも存在した。
彼女…朽葉が属する花魄という種も、その内のひとつである。




「朽葉殿か…名乗りが遅れて失礼をした。巳南だ、見知り置き宜しく頼む」

「風邪…そうか、あの雨で——災難でござったな」




（…呼び声がぼやけていたのは、熱で意識が朦朧としていたせいか…）




顔を見て行くか、と、再びその目を閉じた朽葉に声を掛けられる。
彼女にしてもこちらが何者か分かったお陰か、幾分警戒が解けた様だ。
すっと身を引き、招く様に小屋の入り口を示される。



「いや、………」



熱が高いのなら今日は、と…そう言いかけて、言葉が止まる。
看病ならきっと、彼女や従者達で事足りるだろう。
単なる見舞いならば、せめて熱が引いた後で。

けれど、呼んだ。

あの青年は、朦朧としながらも自分を呼び、その手を伸ばした。
無意識下であっても…いや、だからこそ——
僅かな逡巡の後、一度小屋に目を向け、忍は再び口を開いた。




「——ならば…負担の掛からぬ程度の間だけ」







▼：to be continued